【劉慈欣】「三体II 黒暗森林 下」

三体II 黒暗森林 下」読了。

はやく全貌が知りたくて、一気読みでした。

最後の最後、残り数十ページまで、このまま人類は滅亡するのか?と、読者に思わせておくという迫力の展開でした。



これは、もう虜です。

第3作の「死神永生」は来年春には刊行予定だとか。

早く読みたーい!





200年後の世界

三体II 黒暗森林 下」は、羅輯(ルオ・ジー)が冬眠して200年後、冬眠から冷めた世界です。

そこは地下に展開する社会であり、地上は一面の砂漠。

北京は、今でも砂漠のなかにあるような大都市なので、これが砂に埋れていると考えてください。

あらゆるものが、ネットにつながるネット社会で、なんでもモニターになり、広告から家具まで、あらゆるものがパーソナライズされた世界です。

こう書くと、かなり進化した世界のように思ってしまいますが、これらの技術は20世紀までに開発されたものであり、科学的な進歩はしていないという設定です。

地球人は、過去の技術を頼りに、発展しているのです。




「智子(ソフォン)の壁」

三体」の世界では、智子(ソフォン)と呼ばれる、AIを搭載した陽子が、至るところに存在して、聞き耳をたて、科学技術の進歩を阻んでいる、という設定です。

最後の最後に、智子(ソフォン)は、地球人と三体人の通信手段となっているのですが、この設定が必要だったのは、科学技術の進歩を阻む、という点だったのかな、と思います。

なぜかというと、冬眠によって200年も後の世界を描くにあたって、物語に古さを感じさせないため、じゃないかと。

作者の劉慈欣は、自身が理系の技術者であるためか、科学的根拠のないものは、極力描かないようにしているようなのです。

「智子(ソフォン)の壁」があれば、新しい技術は登場しないというお約束が成立するので、読者は古さを感じることなく、「三体」を読みすすめることができます。

思うに、作者の劉慈欣は、「三体」が、「三国志」のように読みつがれる物語にしたかったのではないか。

そんなことを考えてしまうくらい、スケールは大きい物語です。



「戦争」について史上最も考えている中国人

三体」には墨子が登場しますが、墨子は諸子百家のひとりであり、戦国春秋時代の思想家です。

秦の始皇帝が、中国を統一する前の時代であり、孔子や孟子といった儒家も、春秋戦国時代に登場します。

世の中が乱れ、争っているときに思想家が登場したのは、国を治め、どうやって戦争に勝つか、を知りたいと考える為政者・統治者が多かったからでしょう。

つまり、今風にいえば、コンサルタントですね。

紀元前から、中国では、政治と戦争について、考えに考えた思想家が存在しており、今もその伝統は変わらないのだと思います。

なぜなら、世界に衝撃を与えた『超限戦 21世紀の「新しい戦争」』は、インターネット時代の戦争について、中国の軍人によって書かれたものです。

これによると、新しい戦争の原理とは、

「武力と非武力、軍事と非軍事、殺傷と非殺傷を含むすべての手段を用いて、自分の利益を敵に強制的に受け入れさせる」こと。

人類の歴史上、もっとも戦争について考えている中国人が、地球外生命体との戦争を描いた物語が、「三体」だともいえるわけです。



水滴

さて、話を「三体II 黒暗森林 下」にもどすと、圧巻だったのが、三体戦隊から発射された、トラック一台くらいの大きさの探査機でしょう。

地球では、その美しさから「水滴」と名付けられます。

まるで水滴のような形状で、すべすべとなめらかな表面は、原子が固く繋がれているため。

この美しさから、地球人は、三体人は地球を侵略しない、と勝手に思い込みます。

これは、脳科学の分野になりますが、ことの善悪と、美しさを感じる場所は同じであり、人間は美しいもの=善と考えてしまうそうなのです。



物語のなかでは、美しすぎる水滴に対して違和感をもった、年老いた科学者が登場し、すぐに逃げられるような態勢を取るべき、と主張します。

水滴をつかまえるために、地球防衛のための宇宙戦艦全軍が揃うなか、わずか2艦だけが離脱に成功しますが、残りは、美しい水滴によって殲滅されます。

このあたりの描写は圧巻です。

科学技術が進歩していないという設定が、こんなに役立っている場面もないくらい。

「きれいなものには棘がある」のです。




三体人と協力関係を築くのかも?

ラストは、本書の主人公・羅輯(ルオ・ジー)と、三体人との会話によって大転換が起こります。

羅輯(ルオ・ジー)が、上巻で仕掛けた呪文が、結局のところ、三体人をビビらせたという結果です。

どんな呪文かといえば、それは、上巻に登場する、2つの公理と2つの概念です。

「生存は文明の第一欲求である」

「文明はたえず成長し拡張するが、宇宙における物質の総量はつねに一定である」

猜疑連鎖と技術爆発

とくに、猜疑連鎖がポイントで、自分以外の知的生命体は仲間でも味方でもなく、敵であるという認識のほうが上回る、という考え方です。

これが三体人にとって常識だとすると、三体人は、自分たちの居場所を知られたくないはず。

羅輯(ルオ・ジー)は、そう考え、今風にいうと「おまえたちの住所を全宇宙にさらすぞ」と三体人を脅し、これが成功するわけです。

ある意味、あっけない終わり方です。

しかし、続く「死神永生」への期待が高まる終わり方でした。

だって、第3勢力が登場する可能性が大、ですから。

ちなみに、『超限戦 21世紀の「新しい戦争」』のなかで、宇宙船については、次のように考えられています。

超軍事として技術戦、非軍事では法規戦。

三体II 黒暗森林 下」では、技術戦ではまったく歯がたたない地球防衛軍の姿が描かれました。

そして、羅輯(ルオ・ジー)によって、法規戦が行われたようにも読めます。

法規戦では、先手を打ってルールをつくるか、またはルールを破ることが最良とされます。

「生存は文明の第一欲求である」

とすれば、三体人に対して、捨て身のルール破りをして、羅輯(ルオ・ジー)は自分の家族と地球を守ったことになります。

次作が楽しみです。


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