【高山真】『エゴイスト』

エゴイスト』読了。

鈴木亮平さんと宮沢氷魚さんが共演の映画『エゴイスト』の原作小説を読みました。


小説といっても自伝的というもので、著者の経験をもとにしたもののようです。

内容はヘビーですが、2〜3時間で読み切れます。




地元を捨てる

主人公の編集者は、ゲイであることで、子どもの頃からいじめられてきた経験の持ち主。

田舎では、ちょっとした違和感がいじめに直結するので、自殺を考えてしまうような思春期を迎えます。

しかし、あることがきっかけとなり、地元の同級生たちを「豚」と蔑み、地元から出ることを決意するのです。

高校は地元の進学校に進み、大学はフランス語科を選びます。

理由は、フランス語を使う仕事など、田舎にはないから。

性的マイノリティでなくとも、高校進学や大学進学で、田舎の排他的で狭量な価値観とオサラバした人には、良く理解できる心情です。

しかし、14歳で亡くなってしまった母の墓参りには、必ず帰るのです。

ブランドものだとひと目でわかるようにして、電車で出会うかもしれない豚どもを圧倒する鎧として着るブランドファッション。

わかりやすい判断基準を見せつけることで、溜飲を下げる。

そんな価値観を描きだしています。




金銭的な関係

そんな主人公が恋に落ちた相手は、売り専と呼ばれる、男相手の売春を仕事にしている男でした。

この男には病弱な母がいて、その母を経済的に支えるために、仕方なく売り専となった男に、主人公は毎月10万円で自分だけの相手になってくれるように訴えます。

お互いに慕いあう2人は、契約のうえに関係を深めていくのです。

そして、売り専をやめた男は、肉体労働で稼ぐようになります。

しかしそのことが、男の寿命を縮めてしまうのです。

母が手術したことで、経済的に追い詰められていく青年は、しかし、決して主人公の援助を受けようとはしません。

これ以上の援助は、たとえそれが好意であっても、単なるお金の関係になってしまうと考えていたのかもしれません。

主人公は、お金でしか愛を語れない人間ではないのですが、自分にできることはそれしかない、と思っているのです。

一方、青年は、昔ながらの日本人的な礼儀や慎しみを母から教えられて育っています。

規模の大小や設定の違いはあれど、札束で言うことを聞かせるような企業や資本主義と、貧しくとも誇りを持って生きる心の豊かさという対比が、ここには透けて見えます。

⇒ 【相場英雄】『ガラパゴス』上・下



青年の過労死

ところが、やはりお金の力は絶大であることを示すのが、突然の青年の死です。

母からの電話で知った主人公は、立っていることもできない状態にまで落ち込みます。

そして、自分だけの相手として契約してしまったことが、青年の早すぎる死を引き起こしてしまったと思うのです。

告別式に参列した主人公に、青年の母は2人の関係を知っていると告げ、主人公は母を支えていこうと考えるようになります。

母の困窮ぶりを察知して主人公は、母に対してお金を渡すようになります。



母の死

主人公の貯金も尽き、母に一緒に暮らそうと提案します。

母はこれを固持。

お金の関係を断られた主人公は、自分が必要とされていないと感じてしまいます。

ところが、母は生活保護を申請しており、経済的な基盤を得て、主人公とふたたび向き合います。

主人公が、母の誇りを傷つけていたことに思い至ったかどうかはわかりませんが、2人の関係は再スタートし、主人公は母の最期を看取ります。



お金がある孤独

主人公は、出版社に勤務し、経済的には恵まれていましたが、愛する存在を欠いていました。

本作のなかでも、愛することがどういうことなのかわからない、と心情を吐露しています。

「好き」は言えるけど、「愛してる」と言ったことがないという人もいると思います。

主人公は、そんな人物のようです。

お金でしか関係を築けない。

ある意味、経済大国と呼ばれた日本を象徴するような人間です。

しかし、愛した青年は、人間としての尊厳をできるだけ損なわず、できるだけ対等であろうとした。

だからこそ、かけがえのない存在として、主人公の隣に立つことができたと思います。

主人公は、自分のエゴを通したことで得るものもありましたが、大きな存在を失いました。

タイトルには、そんな自戒が込められているのかもしれません。


青年の突然死から先は、涙が出て止まらない作品です。

ティッシュよりタオルを用意してください。



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