『ロスト・ケア』読了。
松山ケンイチさんと長澤まさみさん共演の映画の原作となる小説です。
日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞した、大量殺人を描いた作品です。
テーマは、介護と介護する家族、介護施設を扱っているのですが、事件としてみると、知的障害者福祉施設「津久井やまゆり園」の元職員が19人を殺害した「相模原障害者施設殺傷事件」を思い出させられます。
ところが、『ロスト・ケア』の発表は2013年、「相模原障害者施設殺傷事件」は2016年なので、小説が現実を先回りしたようです。
長生きはリスク
コラムなのか記事なのか、はっきりと覚えていませんが、かなり前に「長生きすることはリスク」という内容の文章を読んだことがあります。
多くの庶民にとって、豊かな老後は夢のまた夢となり、介護を受ける方、介護をする方も苦労の連続となる、という趣旨だったように記憶しています。
『ロスト・ケア』は、貧困と介護、家族介護の負担などをテーマに、大量殺人事件を描いています。
介護士として働く若者が、自らの体験から、要介護度が高く、生活困難世帯を狙って、老人を殺害していきます。
その数は42人。
小説の発表年を知って、「津久井やまゆり園」の事件のほうが後であることを知り、この小説の先見性に驚きました。
統計データで殺人事件を推理
この小説の新しい点は、介護施設から流出したデータを統計的に分析して、犯人にまでたどりつく点でしょう。
この展開を描きたくて、物語の設定や周辺人物、周辺で起こる事件が描き出されているといっても良いのではないでしょうか。
検事である主人公が、裕福な父を最高級の老人ホームに入居させるところから物語は始まりますが、その案内をするのが、主人公が良い仲間だったと信じているバスケ部の友人です。
しかし、その友人は麻薬にはまり、自ら犯罪の世界に飛び込んで行くのです。
ついでに、会社から顧客データなどをまるっと盗み出し、それを犯罪に役立てるという抜け目のない男として描かれています。
いっぽうの検事は、いちおうはキリスト教徒であり、人間の善性を信じ切っています。
介護現場における「救い」とは?
『ロスト・ケア』のなかには、主人公がキリスト教徒という設定なので、たびたび聖書が引用されます。
これが、物語の終盤へとつながる暗喩ともなっています。
大量殺人をおこなう介護士にとって、介護に苦しむ家族を救い、介護を受ける老人を救うために殺害を行ったのであり、殺人は「救い」であると、犯人は主張するのです。
犯人にとって最初の殺人は、半身不随となり、認知症となった父でした。
その父を3年間介護した経験から、家族介護は地獄であり、地獄から開放する必要がある、と決心するのです。
そして、父の死後、ヘルパー資格を取得し、介護状況が悪化している老人を、毎月一人ずつ殺害していきます。
しかし、犯人はサイコパスでもなく、異常心理の持ち主でもなく、普通の人間であり、「救い」の仕事として殺人を行っています。
そんな犯人に、主人公の検事は苛立ちを隠せません。
しかし、聖書に精通する検事は、犯人の真の目的に気づくのです。
介護地獄を広く知らしめる
犯人の真の目的は、マスメディアによって派手に報道され、介護における家族の苦しみ、制度の問題点などを、広く知られることでした。
イエス・キリストの物語が『聖書』として広く知られるように、42人の大量殺人者が、なぜ要介護者を殺害していったのか、という物語を社会に問うことです。
殺人が「救い」となる場合があるという、超高齢社会における現実を、見事に描き出していると思いました。
落とし所も見事で、介護における『聖書』を目指した犯人に対して、正義を振りかざすことが本当に正しいのかどうかすら、考えさせられます。
イッキ読みできる小説です。
映画も絶対に観たいです。
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