【橘 玲】「上級国民/下級国民」

上級国民/下級国民』読了。

タイトルにひかれて購入しましたが、久しぶりに「読んでよかった」と感じさせてくれる内容でした。



データを示し、日本が、そして世界がどのように分断されているのか。

それが『上級国民/下級国民』のなかに示されています。

しかも、身近な話題から展開されているので、社会学者なんかが書いているものよりも、わかりやすく、頭にはいります。

おすすめです。




アンダークラスのマジョリティの登場

著者の橘 玲さんは、作家であり、国際的な金融ビジネスなどにも詳しい方。

その著者が、今、世界中で起こっている「マジョリティの分断」について書いています。

「マジョリティの分断」とは、知識社会(現代)において、アッパークラス(上流)とアンダークラス(下流)にマジョリティが分かれていることを示しています。

アッパークラスのマジョリティは、ニューリッチと呼ばれ、知識社会に適応している人々のこと。

一方のアンダークラスは、知識社会の外に追いやられたマジョリティのことで、アメリカでは「プアホワイト」と呼ばれる層であり、ブルーワーカーのことです。

この「プアホワイト」層は、知識社会に適応できない人々であるために、低賃金の仕事にしか就くことができません。

マジョリティであるがゆえに見捨てられた人々であると、著者は説明しています。

アメリカでは、白人のなかでも高卒以下の死亡率が、全国平均の2倍以上のペースで進行しています。

死亡原因は、ドラッグ、アルコール、自殺であり、「絶望死(Deaths of Despair)」と呼ばれているそうです。


知識社会とは知能の格差社会

知識社会とは、論理的・数学的能力と、言語運用能力を持つ者が、富と名声を独占する「とてつもなく豊かで自由な世界」であると、著者は指摘します。

知識社会とは、知能によって分断され、知能の格差が表立つ社会のこと。

最近、テレビ番組で知能指数が話題になるのは、知識社会の浸透と無関係なことではないでしょう。

つまり、学歴によって分断されてしまう社会が、知識社会であるというのです。

日本では、非大卒より大卒のほうがポジティブ感情が高く、日本における「下流」の大半は、高卒・高校中退の「軽学歴」層なのです。

2016年の調査では、59歳以下の男性のアンダークラスには、次のような特徴がみられました。
  • 7割超が高卒以下
  • 未婚率66.4%、40代以下は生涯未婚
  • 年収213万円
  • 貧困率28.6%
  • 42.5%は預貯金等の金融資産なし
  • 55%が下流意識を持っている



下級国民とは「非モテ」男のこと

日本における上級国民とは、
  • 日本人
  • 男性
  • 中高年
  • 有名大学卒
  • 正社員
というアイデンティティの持ち主のこと。

日本社会における正規メンバーと、著者は書いています。

一方、下級国民とは、
  • 外国人
  • 女性
  • 若者
  • 非大卒
  • 非正規
という人々を指すようですが、女は「エロス資本」という資本を持っているので、下級国民からは除外されるようです。

また、外国人というのも、今後は専門知識をもったエリート層が流入してくるでしょうから、いずれ除外される可能性があります。

そして、下級国民の多くが「非モテ」男性でもあります。

なぜなら、非大卒男性は一般に年収が低く、ビジネスで成功できないために、女性からは結婚対象とみなされません。

「非モテ」男性は、男社会のヒエラルキーの最下層にあって、共同体から無視され、女性からも無視されるという2重の排除を受けているというのです。


ポジティブ意識が低い、脆弱なアイデンティティが社会を揺さぶる

下級国民にとって、リア充の「モテ」男性と、それに群がる女性は、自分たちを抑圧する「敵」なのだそうです。

それを示す事件が、先進国で同時進行的に発生しています。

著者は「非モテ」のテロリズムとして、アメリカの事例を紹介しています。

  • 2014年5月 カリフォルニア州サンタバーバラ無差別発砲事件
  • 2015年10月 オレゴン州短大
  • 2017年12月 ニューメキシコ州高校
  • 2018年2月 フロリダ州高校
  • 2018年4月 トロント路上

いずれも無差別な殺傷事件ですが、犯人は「インセル(Incel)」と呼ばれる「非モテ」男性なのです。

2014年5月のカリフォルニア州サンタバーバラ無差別発砲事件の犯人、エリオット・ロジャーは、インセルとして犯行声明をYouTubeで公開したことから、インセルの「神」と言われているそうです。

「インセル(Incel)」と呼ばれる「非モテ」男性にとって、自由恋愛は、20%の「モテ」男に、80%の女性が群がる競争社会であるために、「非モテ」男性は、共同体だけでなく、恋愛でも否定されることで、人生をまるごと否定されています。

人生をまるごと否定されるということは、自分のアイデンティに自信がないことになります。

上級国民には、たくさんのアイデンティティがあります。

卒業した大学、所属する企業、趣味、友人、車や家などの所有物、etc.

しかし、「非モテ」の下級国民にとっては、わずかに日本人であることだけがアイデンティになっています。

名目上はマジョリティであっても、意識の上では「社会的弱者」である「非モテ」の下級国民は、自分よりも弱いマイノリティに対して、怒り・憎悪を向けるようになります。


リベラル化・グローバル化する社会は究極の能力主義社会

リベラル化する社会とは、「自分の人生は自分がすべてを選択する」という社会であり、他者の自由を認めなければ、自分の自由もありません。

他者の自己実現には干渉しない、「あなたはあなたで勝手にやれば」というのが、リベラル社会の本質です。

そのため、差別が嫌われます。

グローバル化することで、先進国の中間層の収入が減り、または仕事を失ったかわりに、中国やインド、南米やアフリカなどで、何億人もの人々が貧困から脱出し、世界の不平等は縮小しています。

先進国でマジョリティが分断している背景には、グローバル化の進行があるのです。

平成日本における失業者は、
  • 25歳~34歳未満で85万人、うち54万人が非大卒
  • 45歳~54歳未満で50万人、うち43万人が非大卒
でした。

正社員の雇用を守りに守った結果、若い世代の正社員採用を絞り、工場は海外移転した結果です。

「働き方改革」によって、会社の利益を上げることができるのであれば、日本人にこだわらない社会が到来しようとしています。

差別的ではない労働環境が到来することで、上級国民は、上級国民が好むライフスタイルを送る人たちと一緒にいることを望みます。

下級国民とは話が合わないからです。


ベーシックインカムは人種差別国家をつくる

アンダークラスのマジョリティを救うと目されているベーシックインカムは、人種差別国家となる結末を迎えるだろうと、著者は考えています。

たとえば、日本人の場合、両親のどちらかが日本人であれば日本人です。

仮に、ベーシックインカムの対象を「日本人遺伝子」7割以上の保有者と決めたとしたら?

それは「優生学」であり、ユダヤ人を虐殺したナチスドイツと全く同じです。

さらには、日本人男性が、ベーシックインカムを多額に受けとって、楽に生活しようとすれば、海外の貧しい女性との間にたくさんの子どもを作ろうとするだろうと予測します。

貧しい人の経済合理性によって、裕福な国のベーシックインカムは確実に破綻するというのが、著者の読みです。

しかも、ベーシックインカムでは「モテ」と「非モテ」の問題は解消されず、むしろ自由恋愛は助長されます。

ベーシックインカムでお金をばらまいても、「非モテ」男性のポジティブ意識は上昇せず、むしろ低下してしまうので、今以上に不安定な社会となる可能性のほうが高そうです。

何しろ「非モテ」の下級国民は、テロに走りやすい傾向があるのですから。


団塊世代を忖度する日本社会

マジョリティのアンダークラスを見捨て、無視して、この国の政策は進行してきました。

平成時代には、団塊世代の雇用を守り、若者の雇用を切り捨てました。

その結果、若い男性のポジティブ意識が低くなり、大量の下級国民を生み出しました。

その団塊世代が、後期高齢者となる令和時代は、年金問題に対症療法を施す社会となるだろうと、著者は予測しています。

国の借金はこれからも増え続け、国家が破綻するか、国民がもっと貧しくなるかのいずれかの未来が待っているそうです。

しかし、知識社会は能力主義社会でもあるので、自分の能力を伸ばすことで、上級国民となる可能性がないわけではありません。


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