「老人喰い:高齢者を狙う詐欺の正体」読了。
夏ドラマの原作というので、手にとって見ました。
いわゆる「振り込め詐欺」の現場を取材したノンフィクションです。
振り込め詐欺(特殊詐欺)は、日本社会の縮図であり、未来に希望のない若者が、閉塞感を打ち破るための手段だという著者には、頷けるところが多く、ごくごく普通に生活している人こそ、「老人喰い:高齢者を狙う詐欺の正体」を読むべきだと感じました。
2015年に発刊の「老人喰い:高齢者を狙う詐欺の正体」では、事前調査の実態が紹介されています。
公的機関の名を騙り、電話で様々な個人情報を聞き出し、資産状況を確認するところから、特殊詐欺はスタートします。
名簿の良し悪しが、そのまま売上に直結するところは、テレアポで健康食品を販売する企業と変わるところがありません。
振り込め詐欺をやっているプレイヤー(電話をかける人)にとって、金銭的に余裕のある老人は敵であり、すぐに100万200万と金を出せるのだから、その金はだまし取っても良いと正当化されています。
著者の鈴木大介氏は、彼らを称して「夜露の世代」と名付けています。
ほんの少しの夜露(お金)で、砂漠に生きる者は、大きな水袋を持つ人間を襲うことを厭わないと。
日本は、社会構造的に若者世代に不利な社会です。
若者に不利な社会構造は、人口構成比によってもたらされていて、2060年まで続きます。
⇒ 日本の人口ピラミッドは棺桶型 社会構造的に若者に分が悪い
とくに、能力開発セミナーなどでは、大なり小なり用いられている手法です。
ここに、超がつくブラック企業なみの研修と、過剰なストレスを突破できる金銭的なインセンティブが加わって、特殊詐欺に手を染める人材が発掘されていきます。
多くは、何らかの犯罪に近いところに存在する若者ですが、一方で、強烈なモチベーションをもって何事かを成し遂げたいという若者も、特殊詐欺業界に取り込まれていきます。
横並びの幸せを享受すれば満足、という世代のなかで、高いモチベーションは悪い因子でしかありません。
いまや大学には、高いモチベーションを持った人材は集まりにくいのか、それとも目立たないように隠しているのか、この10年で激減しています。
著者も書いていますが、高いモチベーションをもった人材は、実社会でも素晴らしい結果を残す可能性が高い人材です。
しかし、そのモチベーションの高さから、社会のルールや労働規範がユルく感じてしまい、自分以外は全員クズとしか見えないのです。
20代前半で起業し、従来のビジネスモデルを切り崩しているような人には、高いモチベーションを持つ人が多いので、特殊詐欺で稼ぐプレーヤーと紙一重ということなのかもしれません。
もっとも、起業家との最大の違いは、経済的動機の強さにあります。
「大学4年間の奨学金が600万以上あって、就職して返済することを考えたら、彼女どころじゃないですよ」
今でこそ、買い手市場と言われるようになりましたが、2015年当時はまだまだ就職が難しいときでした。
奨学金を当てにして大学に入学し、卒業する学生にとって、就職できるかどうかは、自らの借金返済問題と直結しています。
著者も驚きを隠せないと書いていますが、今の大学生には、親に対する金銭的な負い目を持つ学生が多いのです。
「親にお金を返す」
そんな感覚を持っている大学生が当たり前となっているかもしれません。
親世代もまた、給料が増えず、会社に買い殺されるような状況のなかで、経済的に苦しい。
そんな親のスネをかじることはできない、というわけです。
こういう大学生もまた、特殊詐欺の世界に取り込まれていくのです。
ごく普通の家庭に生まれ育って、大学まで卒業していたとしても、将来に対して明るい未来が見えない日本。
まじめに働いても、手取り額は目減りする一方の日本ではどうにもならない、と海外を目指す人も増えています。
これらの大義名分が通ってしまうのは、これらの言葉には、一抹の真理が含まれているからでしょう。
特殊詐欺の世界には、ロールモデルがごくごく身近に存在し、そのオーラがスゴイらしいのです。
身近なロールモデルになるのは、会社でいえば社長にあたる、番頭です。
番頭に昇格する条件も書いてありましたので、そのまま転載しましょう。
特殊詐欺の世界は、ただただ実力社会なので、数年で番頭に昇格するプレイヤーも存在します。
しかし、一般企業では、どんなに優秀であっても、年齢や性別、学歴といった壁があり、平社員が一足飛びで社長になることはありません。
できる人間であり、そして組織の下の人間の面倒をよく見る人物が、組織を運営しているからこそ、強い結束のもと、詐欺を行えるのです。
最大の理由は、社会構造的な問題です。
これを「老尊若卑」と書いています。
さすがに、高齢者ばかりを優遇する政策には陰りが見えてきましたが、それでも選挙によって選ばれた政治家にとって、確実に投票してくれる高齢者は、最上級のお客様です。
「老尊若卑」社会の是正には、長い時間がかかるでしょう。
つぎに、仕組み上の合理性が、特殊詐欺が減らない理由であると著者は指摘しています。
特殊詐欺の組織は、雇われ社長の番頭の上に、株主の金主が存在していますが、下の人間が、上の人間の本名を知ることはないそうです。
仮に知っていたとしても、これを隠し通すことで信頼度があがり、将来に渡って面倒を見てもらえる可能性が高まるからだというのです。
著者が取材した番頭のなかには、所属するプレイヤーのために、福利厚生を手厚くし、積立金を作ったり、家族手当を出したりしている者もいるそうです。
そんな義理堅く、面倒見の良い人物を、逮捕されたからといってスラスラと言えるでしょうか?
このような、「お世話になった」という気持は、一般社会にも存在します。
企業の中で法令を破る行為があったとしても、目をつぶる人が多いのは、「お世話になった」意識がすくなからず存在し、組織が崩壊すれば、自分も行き場を失うことを知っているからです。
特殊詐欺集団と、日本の企業人との間に、それほど大きな差がないと感じるのは、私だけではないでしょう。
ぜひ、一読していただきたいと思います。
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夏ドラマの原作というので、手にとって見ました。
いわゆる「振り込め詐欺」の現場を取材したノンフィクションです。
振り込め詐欺(特殊詐欺)は、日本社会の縮図であり、未来に希望のない若者が、閉塞感を打ち破るための手段だという著者には、頷けるところが多く、ごくごく普通に生活している人こそ、「老人喰い:高齢者を狙う詐欺の正体」を読むべきだと感じました。
お金のあるところからお金のないところに移転
今年になって、事前調査のうえで強盗に入り、その結果、死亡者が出ている特殊詐欺。2015年に発刊の「老人喰い:高齢者を狙う詐欺の正体」では、事前調査の実態が紹介されています。
公的機関の名を騙り、電話で様々な個人情報を聞き出し、資産状況を確認するところから、特殊詐欺はスタートします。
名簿の良し悪しが、そのまま売上に直結するところは、テレアポで健康食品を販売する企業と変わるところがありません。
振り込め詐欺をやっているプレイヤー(電話をかける人)にとって、金銭的に余裕のある老人は敵であり、すぐに100万200万と金を出せるのだから、その金はだまし取っても良いと正当化されています。
著者の鈴木大介氏は、彼らを称して「夜露の世代」と名付けています。
ほんの少しの夜露(お金)で、砂漠に生きる者は、大きな水袋を持つ人間を襲うことを厭わないと。
日本は、社会構造的に若者世代に不利な社会です。
若者に不利な社会構造は、人口構成比によってもたらされていて、2060年まで続きます。
⇒ 日本の人口ピラミッドは棺桶型 社会構造的に若者に分が悪い
20代起業家と紙一重の特殊詐欺プレーヤー
本書によると、人材開発の場は洗脳と化していますが、その方法論は宗教団体などでも用いられている手法であり、一般企業でも、部分的に利用されているようなものです。とくに、能力開発セミナーなどでは、大なり小なり用いられている手法です。
ここに、超がつくブラック企業なみの研修と、過剰なストレスを突破できる金銭的なインセンティブが加わって、特殊詐欺に手を染める人材が発掘されていきます。
多くは、何らかの犯罪に近いところに存在する若者ですが、一方で、強烈なモチベーションをもって何事かを成し遂げたいという若者も、特殊詐欺業界に取り込まれていきます。
横並びの幸せを享受すれば満足、という世代のなかで、高いモチベーションは悪い因子でしかありません。
いまや大学には、高いモチベーションを持った人材は集まりにくいのか、それとも目立たないように隠しているのか、この10年で激減しています。
著者も書いていますが、高いモチベーションをもった人材は、実社会でも素晴らしい結果を残す可能性が高い人材です。
しかし、そのモチベーションの高さから、社会のルールや労働規範がユルく感じてしまい、自分以外は全員クズとしか見えないのです。
20代前半で起業し、従来のビジネスモデルを切り崩しているような人には、高いモチベーションを持つ人が多いので、特殊詐欺で稼ぐプレーヤーと紙一重ということなのかもしれません。
もっとも、起業家との最大の違いは、経済的動機の強さにあります。
大学卒業時に600万円の借金
これは、面川の教え子の1人が、飲み会の席で、本音を漏らしたときの言葉です。「大学4年間の奨学金が600万以上あって、就職して返済することを考えたら、彼女どころじゃないですよ」
今でこそ、買い手市場と言われるようになりましたが、2015年当時はまだまだ就職が難しいときでした。
奨学金を当てにして大学に入学し、卒業する学生にとって、就職できるかどうかは、自らの借金返済問題と直結しています。
著者も驚きを隠せないと書いていますが、今の大学生には、親に対する金銭的な負い目を持つ学生が多いのです。
「親にお金を返す」
そんな感覚を持っている大学生が当たり前となっているかもしれません。
親世代もまた、給料が増えず、会社に買い殺されるような状況のなかで、経済的に苦しい。
そんな親のスネをかじることはできない、というわけです。
こういう大学生もまた、特殊詐欺の世界に取り込まれていくのです。
ごく普通の家庭に生まれ育って、大学まで卒業していたとしても、将来に対して明るい未来が見えない日本。
まじめに働いても、手取り額は目減りする一方の日本ではどうにもならない、と海外を目指す人も増えています。
特殊詐欺の大義名分
本書のなかには、特殊詐欺の大義名分が列挙されています。- 詐欺は立派な「仕事」である。
- 店舗に編入されるプレイヤーは、編入されるだけでも選ばれた人間である。
- 詐欺は犯罪だが、「最悪の犯罪」ではない。なぜなら「払える人間から払える金を奪う」商法であり、詐欺被害者が受けるダメージは小さなもので、もっと悪質な合法の商売はたくさんあるからだ。
- 詐欺で高齢者から金を奪うことは犯罪だが、そこには「正義」がある。金を抱え込み消費しない高齢者は「若い世代の敵」「日本のガン」である。
- ここで稼ぎ抜くことで、その後の人生が確実に変わる。
これらの大義名分が通ってしまうのは、これらの言葉には、一抹の真理が含まれているからでしょう。
身近なロールモデルを発見する
ごく普通の社会でも、身近にロールモデルが存在するかどうかは、モチベーションを左右すると言われています。特殊詐欺の世界には、ロールモデルがごくごく身近に存在し、そのオーラがスゴイらしいのです。
身近なロールモデルになるのは、会社でいえば社長にあたる、番頭です。
番頭に昇格する条件も書いてありましたので、そのまま転載しましょう。
- 啖呵力(鶴の一声で現場をまとめる力)がある。
- 強い好奇心があるが用心深い人間。
- 借金を摘まない人間。
- 薬物絶対NG。
- ギャンブルが地味な人間。博打好きはまず番頭昇格はない。
- 自分自身の遊びは地味で、人のために金を使う人間=オゴリ好き。
- 喧嘩好きはNG。組織内で必ずおきる揉め事で、どのポジションにいるか。
- 人脈豊富で人を集める力があること。
- プレイヤーを育てることができる。
特殊詐欺の世界は、ただただ実力社会なので、数年で番頭に昇格するプレイヤーも存在します。
しかし、一般企業では、どんなに優秀であっても、年齢や性別、学歴といった壁があり、平社員が一足飛びで社長になることはありません。
できる人間であり、そして組織の下の人間の面倒をよく見る人物が、組織を運営しているからこそ、強い結束のもと、詐欺を行えるのです。
特殊詐欺はなくならない
著者の鈴木大介氏は断言しています、特殊詐欺はこれからもなくならない、と。最大の理由は、社会構造的な問題です。
これを「老尊若卑」と書いています。
さすがに、高齢者ばかりを優遇する政策には陰りが見えてきましたが、それでも選挙によって選ばれた政治家にとって、確実に投票してくれる高齢者は、最上級のお客様です。
「老尊若卑」社会の是正には、長い時間がかかるでしょう。
つぎに、仕組み上の合理性が、特殊詐欺が減らない理由であると著者は指摘しています。
特殊詐欺の組織は、雇われ社長の番頭の上に、株主の金主が存在していますが、下の人間が、上の人間の本名を知ることはないそうです。
仮に知っていたとしても、これを隠し通すことで信頼度があがり、将来に渡って面倒を見てもらえる可能性が高まるからだというのです。
著者が取材した番頭のなかには、所属するプレイヤーのために、福利厚生を手厚くし、積立金を作ったり、家族手当を出したりしている者もいるそうです。
そんな義理堅く、面倒見の良い人物を、逮捕されたからといってスラスラと言えるでしょうか?
このような、「お世話になった」という気持は、一般社会にも存在します。
企業の中で法令を破る行為があったとしても、目をつぶる人が多いのは、「お世話になった」意識がすくなからず存在し、組織が崩壊すれば、自分も行き場を失うことを知っているからです。
特殊詐欺集団と、日本の企業人との間に、それほど大きな差がないと感じるのは、私だけではないでしょう。
ぜひ、一読していただきたいと思います。
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