【丸山俊一】「マルクス・ガブリエル 欲望の時代を哲学する」

マルクス・ガブリエル 欲望の時代を哲学する」読了。

マルクス・ガブリエルは、天才哲学者と言われる人物で、NHK BS「欲望の資本主義」「欲望の民主主義」に出演したことで、日本でも知られるようになりました。

そして、2018年6月に、来日したときの記録をまとめて放送したのが「欲望の時代の哲学」であり、それを書籍化したのが、「マルクス・ガブリエル 欲望の時代を哲学する」です。



年末年始の深夜に再放送されていたのを見て、本を見つけたというわけです。




本を読むより「欲望の時代の哲学」を見たほうが早い!

マルクス・ガブリエル 欲望の時代を哲学する」は、あくまでも文字なので、マルクス・ガブリエルの語るニュアンスはほとんど消えています。

そういう意味で、映像を見たほうが早いと思います。

マルクス・ガブリエルは、新実在論という哲学を提唱していますが、映像をみて、本書を読んで改めてわかったことは、マルクス・ガブリエルはインターネットやロボットなどは、人間とは根本的に違うということを信じているようだからです。

直接会って話すことによって得られる情報のほうが良い、という考え方であると言い換えても良いかもしれません。

そういう点で、書籍よりは映像のほうが、マルクス・ガブリエルをよく知ることに繋がると思います。


新実在論とは?

新実在論はとてもシンプルな考え方なのかもしれません。

「絶対的に悪いことがある」という事例で、マルクス・ガブリエルは説明していますが、倫理というものが最初にあるという考え方なのです。

彼は、「人間は、倫理を発見し、学んできた」と語る場面があるのです。

倫理は変わっておらず、人間はそれを発見し、学んできたのだというのです。

たとえば、障害者への理解、LGBTへの理解など、昔は偏見と差別の対象でしたが、障害の原因がわかり、障害者の生活環境を知ることによって、障害者への理解が進んでいます。

同じように、LGBTについても、医学的な根拠、人間として生まれながらに持っている権利などを理解することによって、社会的に受け入れ体制が整っていきます。

現在進行形のテーマの多くが、倫理の発見であり、学びであるということではないかと理解しました。


シンギュラリティーは到来している

シンギュラリティーという言葉は、AI(人工知能)とセットで語られますが、マルクス・ガブリエルは日本社会をみて、「すでにシンギュラリティーは到来している」と語ります。

スマホを見て通勤する人たちはもちろんのこと、多くの仕事がプログラミングされ、それらの指示にしたがって仕事をしているからです。

AIどころか、業務プロセスと連絡や報告がネットワーク化したことによって、人間はそれらのために仕事をしているのだと、マルクス・ガブリエルは指摘します。

サラリーマンのことを「社畜」と名付けたのは、いったい誰なのでしょう?

その方も、シンギュラリティーを意識していたのでしょうか。


第3章 技術を獲得した果てに人間はどこへ?

マルクス・ガブリエル 欲望の時代を哲学する」のなかで、読むべき部分があるとしたら、ロボット工学を研究している石黒浩教授との対談です。

放送では、全体の3割ほどしか使われていないと思いますが、書籍のほうには、たぶん全編が入っているようです。

中でも面白かったのは、ドイツではヒューマノイドを認めない人が多い、という石黒浩教授の発言から発展した内容です。

ドイツは、ドイツ観念論がベースになっていて、「人間とはなにか」を定義しており、ドイツ人は人間を定義できていると考えると、マルクス・ガブリエルが回答しています。

このように考える原因には、戦争(第2次大戦)の失敗は、「非人間化」が原因だったという見方が定着しており、「人間とはなにか」という定義に疑問を持ってはいけないとなっていると説明しています。

ドイツは、18世紀末に統一された若い国であり、概念レベルで統一されていると、マルクス・ガブリエルは語ります。

概念(目に見えない教会や皇帝)を共有することで、(かつては別の国だった)違いを埋めようとしているのだそうです。

ドイツでは、今でもクレジットカードを拒否する店や人が多いとも言っています。

表面的な現象としてみれば、日本人も現金派が多いわけですが、その根本的な考え方、捉え方は、まったく異なるようです。



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