【中山七里】「護られなかった者たちへ」

護られなかった者たちへ」読了。



生活保護という社会福祉制度をテーマにした、リアリティのあるミステリー。

新型コロナウイルス対策として、補助金とか、ベーシックインカムとか、お金の議論がなされている今だからこそ、読みたい一冊かもしれません。





「税金の使途」という議論

護られなかった者たちへ」を読んでいると、考えは2つに分かれていきます。

とくに、それなりのポジションを経験した人なら、なおさらでしょう。

企業経営者の視点、正社員の視点、非正規社員の視点などなど。

何事も予算があることや、何事にもルールがあり、最終的にそれを判断するのは人間であることを理解していたとしても、「仕方がない」の一言で片付けられるか、片付けられないか。

護られなかった者たちへ」のなかでは、刑務所も税金なら、生活保護も税金だ、という趣旨が語られます。

生活保護を受けなければ餓死するような人の申請を却下し、犯罪のことしか考えていないような人間に税金で養う。

それが正しいのか、正しくないのか、一朝一夕で語ることはできません。

どんな制度にも、そういう制度として成立した歴史があり、経緯があるからです。

運用は、国の経済状況や、政権の掲げる目標によって、コロコロと変わるでしょう。

護られなかった者たちへ」を読んでいると、自分はどちらの立場の人間なのか、どちらの言い分に重きを置きたいのか、それがわからなくなってきます。



善人・人格者が餓死させられる

護られなかった者たちへ」で殺されるのは、善人だ、人格者だと言われる人々。

彼らは、餓死した姿で発見されます。

犯人だと目されたのは、かつて彼らを殴り、放火して懲役10年という刑に服していた利根。

利根は、かつて自分を護り、母であり、父のようでもあった老婆のために生活保護を申請しようとしますが、理不尽な申請却下理由に憤りを隠せません。

その結果、前科者になってしまうのです。

その利根の視点と、餓死殺人事件を追う刑事の視点の双方から、生活保護という社会保障制度の光と影があぶりだされていきます。



原則として家族が支える日本の社会保障制度

個人主義が19世紀あたりから徹底しているイギリスと、家族主義に根付いた日本の社会保障制度は、まったく異なります。

日本の場合、生活に困窮したものは家族を頼るべき、という裏ルールがあります。

介護も生活保護も、どちらも変わりません。

護られなかった者たちへ」のなかで、生活保護申請を却下する理由として、連絡の取れなくなった兄弟姉妹を頼れ、というものが登場します。

20年もまえに出稼ぎにいって、はがき一つ届かないような人間を探し出せ、というわけです。

生活保護を申請するような人に、そんな気力があるのか?と疑問に感じます。

いいかえれば、国は、家族を頼ればなんとかなるし、なんとかするだろう、とタカを括っているとも言えるのです。

昨今では、親子関係はもちろん、兄弟姉妹とも離散しているという人は珍しくありません。

DVやネグレクトがこれだけ増えているのに、家族を頼れ、というのは酷というものです。




新型コロナウイルス対策の一時金支払いも

いま、巷でもっとも語られるのが、一時金や補償金の支払いをめぐる議論でしょう。

細かい条件設定は、国として支払いたくない意思表示ともとれます。

他国のように、一時金を緊急的に国民にばらまくことができない理由のひとつとして、個人が確定申告を義務付けられていない、日本の納税事情があるのではないでしょうか。

収入がどれだけ減るのかわからないときに、ボーダーラインを細かく設定するよりも、一時金を全国民に支払って、最終的に確定申告で確認すれば、収入が減った分だけ穴埋めできますし、逆に、新型コロナウイルスで儲けた人たちは、一時金を超える税金を支払わなければなりません。

日本はよく、取りやすいところから税金を取る、と揶揄されますが、企業が従業員になりかわって納税する国など、そう多くはないはずです。

確定申告をすれば、国民は納税の仕組みが理解できるうえに、国としては納税方法を一本化できるはずであり、企業は従業員のために行っている面倒を手放すことができます。

納税者としての自覚こそが、社会保障などのお金の問題に目を向けることになるのではないか。

護られなかった者たちへ」を読んでいると、そんな考えがもたげてくるのです。



ラストのどんでん返し

護られなかった者たちへ」が秀逸な作品であるのは、ラストのどんでん返しです。

そういう展開?

と、読者を裏切ってくれます。

ここでは書きませんが、哀しいどんでん返しは、温かな愛情に裏打ちされたものです。

映画化されるようなので、ぜったいに観たいと思います。



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