【劉慈欣】『三体III 死神永生』

三体III 死神永生』読了。

予約注文しておいたのですが、集中して読まないと、内容が頭に入ってこない気がして、まとめて読める時間がとれるまで待ちました。

上下巻を読むのに、3日間、通算24時間近くかかりました。

シリーズのそれぞれについては、以下をお読みください。

⇒ 【劉慈欣】「三体」

⇒ 【劉慈欣】「三体Ⅱ 黒暗森林(上)」

⇒ 【劉慈欣】「三体II 黒暗森林 下」




物理法則が武器になる

 『三体III 死神永生』で描かれているのは、地球文明と三体文明とが和平協定状態にあるなか、「智子(ソフォン)の壁」が緩和され、科学技術が進化した世界です。

主人公は、程心(チェン・シン)という航空宇宙エンジニアで、女性です。

前作では、面壁者として登場した羅輯(ルオ・ジー)が、今作でもキーマンとして登場します。

そして、時代は、目まぐるしく変わり、混沌としています。

三体人と見かけ上の関係は良いものの、敵対していることに違いはありません。

さらに、地球防衛のために、宇宙に飛び出した人々と、地球に残っている人々との意識の違いなど、考えることが多い、まるで現代の縮図のような時代です。

 『三体III 死神永生』のなかで、徹底的に描かれているのは、物理法則が効果的な武器となる、ということです。

上巻の冒頭に、東ローマ帝国の最後のときが描かれています。

ここから、4次元世界と、3次元世界とが接触することがあることが描かれています。

そして、地球外の文明から、太陽系に対して送られた武器が、3次元を2次元にするというものです。

4次元から3次元に崩壊してく宇宙は、簡単に2次元に崩壊していきます。

 『三体III 死神永生』は、そんな物理法則を、徹底的に書いたような小説なのです。

なので、物理に興味がないと、ちょっとつらい。

かなり細かく、丁寧に説明するために、それらの多くが、物語のなかでは政策などの形をとって示されます。

だから、なんとかついていけるのですが、科学技術の政策論争が結構ボリュームがあります。



三体文明消失

三体人に、いよいよ地球が侵略されるというときになって、地球人は、三体の場所(宇宙における位置情報)を全宇宙に対して発信します。

これによって、三体の恒星のひとつが攻撃されてしまいます。

と、同時に、地球の座標も全宇宙に知られることになり、地球人は、新たな問題に直面します。

宇宙は、暗い森であり、どこから攻撃者があらわれるか安心できないところ。

危険極まりない、いつ襲ってくるのかわからない攻撃に対して、3つの選択が提示されます。

一つは、光速宇宙船を建造して、太陽系を離れること。

もう一つは、太陽が攻撃によって爆発したときに、木星以遠の惑星の影に隠れて、爆発の影響を受けないようにすること。

3つ目が、太陽系は安全な文明であることを、全宇宙に知らしめること。

そして、人類は、2つ目の爆発の影響を最小限にすることを選びます。

なぜなら、光速宇宙船は、技術的問題はともかく、一部の富裕層にメリットが大きいということから、選択肢から外してしまいます。

3つ目の安全宣言は、何をどうすれば良いのかがわからないため、いっこうに進展しないからです。



『星のお王子様』とか『不思議の国のアリス』とか?

 『三体III 死神永生』を読んでいるうちに感じたのは、『星のお王子様』とか『不思議の国のアリス』の世界観です。

程心が、何度目かの冬眠から起こされ、木星の裏側に作られた宇宙都市群(巨大な宇宙ステーションのような)を巡る様子は、まるで『星のお王子様』。

太陽系が2次元に崩壊していく様子や、宇宙都市群の様子を詳細に描写することが、目的だったのでは?と感じたくらいです。

そして、程心が、三体世界に、脳だけを送り出した友人・雲天明との再会、そこで語られる3つのおとぎ話など、寓意に富んだファンタジーのようです。

雲天明と、次に会う場所を約束するシーンなどは、織姫と彦星か?と感じました。

SFというジャンルではありますが、とくに下巻は、ファンタジーとして読んだほうがいいくらいの内容です。

最後の最後には、低光速の世界で15日間の短期冬眠をしたためか、なんと1800万年も先に行ってしまう程心たち、最後の地球人。

程心は、聖書に描かれた楽園のような小宇宙のなかでの生活を、雲天明からプレゼントされますが、最後は大宇宙へと出発することを決意します。

程心たちが、楽園の小宇宙を捨てて、大宇宙に飛び立つラストは、すがすがしいくらいです。



どんなに逆境でもポジティブ

三体』シリーズに描かれているのは、どんな状況においても、ポジティブに生きる人間の姿ではないでしょうか。

あきらめる人間は、あまり登場せず、誰もが前を向いています。

人間が冬眠することが当然の権利で、いつでも簡単に冬眠できる技術があるという世界だからかもしれませんが、自暴自棄になる人はあまり登場しません。

それは、主要な登場人物の多くが科学者であるからかもしれません。

宇宙という密閉空間でおかしくなったり、というお約束エピソードがほとんどないのです。

ここまでポジティブになれるのは、人物を描いているのではなく、宇宙の物理法則を描写しているからかもしれません。

たとえば、最初の『三体』が課題で、ⅡとⅢを、日本人が担当したら、どんな物語になっただろうか?と考えてみます。

そして、もし、アメリカ人なら?

中国やアメリカのような覇権国家は、マクロである大河の流れを描き出すことを好むかもしれません。

ただ、アメリカの場合、大衆受けをマーケティング的に研究しているので、人間というミクロを描き出すこともできるでしょう。

日本のような社会では、ミクロを描くことのほうが得意そうな感じがします。



宇宙版『蝿の王』なのか?

三体』を最初に読んだとき、ウィリアム・ゴールディングの『蝿の王』の宇宙版という印象を持ちました。

映画『E.T.』が、ほのぼのとした宇宙文明との遭遇であり、ジュール・ヴェルヌの『十五少年漂流記』だとすると、『三体』は、悲劇的な宇宙文明との遭遇であり、『蝿の王』だと思うのです。

そして、全宇宙では、地球文明は科学技術的には遅れているという共通認識もまた、『三体』シリーズに通底しているものです。

これまで、宇宙を舞台とした物語では、地球文明を圧倒するような文明は慈悲深いことが多く、地球人を導くような存在でした。

しかし、『三体』シリーズでは、どんなにすばらしい科学技術を持っていたとしても、自分たち以外が敵であり、脅威の度合いが高ければ高いほど、攻撃を受けやすいことになります。

遠く離れていて、相手のことを知る機会が少ない、または全然ないからこそ、先制攻撃有利になるのが、暗黒の宇宙だという認識です。

そして、攻撃者は、社会的に高いポジションにはない、ということも、少しだけ描かれています。

宇宙における攻撃は、それだけ日常的なことであり、希望的観測が、一切ない世界観。

それなのに、絶望が支配していない『三体』シリーズは、稀有な作品だと思います。

気力と体力を消耗する作品ですが、おすすめです。


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