大好きな作家のひとり、吉田修一さんの『太陽は動かない』『森は知っている』読了。
ドラマ化され、映画も公開されるので手にとってみたのですが、現代のスパイ物として楽しめるエンターテインメントであるだけでなく、政治とビジネスの裏世界を、割とリアルに切り取っている作品といえます。
『太陽は動かない』
シリーズの主人公の鷹野一彦と、相棒の田岡亮一が初登場するのが、『太陽は動かない』です。
冒頭に、NHK元会長の島桂次が打ち立てたGNN(Global News Network)構想に関することが綴られています。
これは事実であり、女性スキャンダルで失脚したのも事実です。
当時、すでに社会人だった私にとって、よく知っている事件であったので、諜報組織のAN通信の前身に、GNN(Global News Network)構想があったという設定には、ひどく興味を惹かれました。
エネルギー戦争
『太陽は動かない』は、次世代エネルギーをめぐるスパイ合戦もの、といえます。
中国と、日本やアメリカなどが、水面下で実際に行われている産業スパイの世界を、鷹野一彦と田岡亮一に置き換えたフィクション、とも言いかえることができます。
しかし、産業スパイという業界があるとすれば、近年、飛躍的な成長率を遂げている業界であることは間違いありません。
産業スパイの主体が、インターネットを経由した情報奪取が中心になっていますが、実際には、鷹野一彦と田岡亮一といった諜報員が暗躍しているとしても、まったく不思議はありません。
政治とビジネス
国策を左右する情報戦に欠かせないのが、政治です。
『太陽は動かない』にも、日本の政治を左右するドンが登場。
そして、将来ドンになるかもしれない、新人議員も登場してきます。
中国の共産党体制についても、政権争いがそのままビジネスに影響することが描かれていています。
中国の巨大企業が、共産党に睨まれるとどうなるか、は、つい最近まで姿を隠していた、アリババのジャック・マー氏のことを思い出していただければ、よくわかります。
『森は知っている』
『森は知っている』は、主人公の鷹野一彦が、正式な諜報員になる前の物語で、シリーズ2作目です。
18歳で、正式な諜報員となることが決められている鷹野一彦の青春ストーリーといった部分が多く、吉田修一作品らしい作品といえます。
諜報部員の素性とは?
産業スパイを行なうような諜報部員とは、どんな人間なのか?が描かれているのが、『森は知っている』です。
鷹野一彦の幼少時の悲惨な体験から思春期まで、現代日本の家族にひそむ問題が語られています。
ネグレクトで、わずか4歳で死の淵をさまよった鷹野一彦が、いかに成長してきたのか、何を気づいたのか、諜報部員として活躍する素地となっているのは何なのか、が描き出されています。
水道事業民営化
日本では公営だと思われている水道事業ですが、2018年12月12日に水道法が改正され、民営化が認められるようになりました。
市町村が管理していたのですが、金銭的に余裕のない自治体も多く、水道事業を維持・管理することが難しい自治体が少なくないという事情が背景にあります。
この水道事業の民営化に対して、日本企業が代理人となって、世界的な水事業者が日本に参入してくるのでは?というのが、『森は知っている』で扱っているテーマです。
『森は知っている』は、2015年に刊行されているので、水道法が改正されるという真っ最中に、一般に提示されたと思われます。
ほぼ、リアルタイムですね。
中国資本が、日本の山林を買い集めていることが話題になっていたころと一致するので、記憶されている方も多いことでしょう。
ちなみに、今は、中国資本が、日本の温泉を買い集めています。
体力のなくなった老舗の温泉旅館で、自家源泉をもっているようなところが、集中的に狙われています。
温泉が豊富な東北の田舎町で、観光にはほど近い中国人の集団をみたときに、「温泉まで買われたら終わりだわ」と感じたことが、蘇ります。
『ウォーターゲーム』
シリーズ3作目となるのが、『ウォーターゲーム』。
まだ読んでいませんが、水道事業民営化も絡んだ物語のようです。
シリーズはこの作品で完結となります。
鷹野一彦を主人公とするAN通信の物語は、書くのにえらく苦労するシリーズだと思います。
政治やビジネス、世界情勢から、スパイの方法まで、多岐にわたる知識が必要となります。
吉田修一さんは、どちらかといえば、登場人物の背景と、そこから生まれてくる心理的な動きを描き出すことが得意な作家さんだと思います。
そんな吉田修一さんにとって、諜報員ものは、現地取材も含めて、お金と労力がいくらあっても足りないくらいの物語だったのではないでしょうか。
映画『太陽は動かない』では、藤原竜也さんと竹内涼真さんが主演しますが、原作の面白さをどこまで再現してくれるでしょう?
とても楽しみです。
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