【パク・チリ】『ダーウィン・ヤング 悪の起源』

ダーウィン・ヤング 悪の起源』読了。


とてもおもしろい作品です。

三島由紀夫とか、石川達三とか、ドストエフスキーとか、そういう作家たちの作品の色合いを感じる小説なので、日本で言えば純文学のジャンルに入るかもしれません。

1000ページもある作品ですが、最後の最後まで、一字一句きっちりと読みたいと感じる作品です。




思春期×階層社会

ダーウィン・ヤング 悪の起源』は、とある階層化が厳密に進んだ社会がベースになっています。

1区を最上位とし、9区は最悪の場所と定義されています。

そんな階層社会に生きる16歳の少年と少女が主な登場人物であり、主人公のダーウィン・ヤングと父、祖父三代にわたる家族の物語でもあります。

物語は、最上位地区に生まれ育ち、最上位の学校に通う、幼い子供のように純粋無垢なダーウィンが、自分の伯父の死に疑問を持つ少女・ルミと出会うことで、さまざまに葛藤し、成長していく、わずか半年の期間を描いています。

思春期でもある彼・彼女たちは、自分の存在をアピールすることを忘れていません。

なかでも、ルミは、自分の両親を恥ずかしく感じつつ、女子の最上位校に通っている自分に対する世間の信頼感や既存のイメージを最大限に利用しようと考えています。

そのため、できるだけ制服を着て出歩くルミ。

いっぽう、純粋培養されたダーウィンは、自分自身の持つ魅力や能力をひけらかすことがなく、いたって控えめな優秀な少年です。

子ども過ぎるくらいです。

階層化が極度に進んだ社会という設定でなくとも、思春期の少年少女の心情は、いつの時代も同じです。

互いに競い合い、見栄を張ったり、自分を上位に見せたりしてしまうからです。

そんな比較のなかで、ダーウィンが特別な少年であることを、冒頭から相当のページをつかって描き出しています。



ダーウィン『種の起源』

タイトルをみた瞬間に、ダーウィンの『種の起源』を思い出す人は多いと思います。

種の起源』を読んだ人は少ないかもしれませんが、『種の起源』に書かれた内容はうっすらと知っていると思います。


ダーウィン・ヤング 悪の起源』は、純粋無垢な主人公のダーウィンが、悪を身にまとうまでの経緯を、緻密に描いています。

「闇落ち」という言葉で表現できないのは、ダーウィンが天使のような子どもだという設定だからです。

なので、天使が堕ちて悪魔になった、という印象があります。

なぜ、ダーウィンは大切な友達を殺してしまうのか?

この物語のテーマは、この一点にあるといえます。

しかし、友達を殺してしまったのは、ダーウィンだけでなく、父・ニースもまた、30年前に友人を殺していたのです。

そして、その原因は、ダーウィンの祖父・ラナーにあり、ラナーもまた、人を殺しています。

なぜ、三代にわたって、人を殺さなければならないのか?

それは運命なのか?

そもそも思春期の少年や少女は、もっとも親を批判的に見る年代かもしれません。

しかし、親を大切に思う気持ちがないわけではありません。

親をかばうために、少年たちは勝手に解釈し、勝手に暴走します。

ダーウィンの父・ニースが、16歳で友人を殺してしまったのは、9区出身の父をかばうためでした。

ダーウィンもまた、大統領候補とまでいわれる父・ニースを守るために、友人を殺します。

ところが、祖父のラナーは、人を殺したことを悪いと思っていません。

なぜなら、自分が暴動のリーダーを殺したことで、暴動は収まり、その結果として1区の住人になれたからです。

つまり、祖父は、殺人によって最上位の生活を手に入れたのです。

しかし、そんな事実をまったく知らない父・ニースは、勝手に暴走してしまうのです。

ダーウィンも同様に、父・ニースが殺人者であることを知って葛藤しますが、ある瞬間に、父を断じるのではなく、父を守るためにはどうすれば良いのか、という考えに切り替わっていきます。

その結果として、ダーウィンは友人を殺害することになってしまうのです。



階層化社会に潜む葛藤

現代のダーウィン、30年前の父・ニースは、そろって同じような道筋をたどります。

たぶん、ダーウィンと父・ニースは、どちらも大切に育てられ、純粋培養された少年だからでしょう。

ところが、ダーウィン(ニース)の友人たちは、家族や友人の秘密や暗部を知ることによりそれぞれに葛藤し、表向きはともかく、心のなかでは悪いことを考えたりしています。

そういう友人たちの言葉を表面的にうけとり、それを事実と考えてしまうのがダーウィンであり、ニースです。

そういうことが、文章のなかのあちこちに散りばめられていて、純粋に育ってしまうと、最悪の結果を招いてしまうということを描き出している小説なのかもしれません。

小さい頃からコンプレックスを抱え、相手の言葉の裏を読むルミのような少女と、ダーウィンは対照的です。

だからこそ、悪を身にまとうようになったダーウィンが、ルミからみると急に大人になったように感じたり、とても魅力的に見えたりするのかも。

悪とは、嘘を嘘と感じさせないくらい自然に言えるようになり、自分の本心を隠すのがうまくなったりすることなのかもしれません。


とても魅力的な作品なので一気に読みたいところですが、4日かかりました。

時間に余裕があったほうが、じっくりと味わえると思います。


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