脳科学者・中野信子さんの「シャーデンフロイデ 他人を引きずり下ろす快感」読了。
中野さんは今回で2冊目、最初に読んだのは「サイコパス」でした。
彼女の著作には、愛や信頼といった、一般には良いとされる感情をとりあげ、「それは本当に良いことなのか?」という問題定義がいつもあります。
絶対的な善と考えられるテーマに対して疑問を提示し、それを脳科学的に解説してくれます。
今回のテーマは、社会性や人間性、そして正義です。
これらのテーマは、日本人が世界のなかでも異色といっても良いほどの特性をもっており、さらにはその特性は遺伝子によって生まれつき決められている、というものでした。
生きづらい、息ができないと感じている人には、ぜひ手に取ってほしい内容です。
わたしたちも、一度は経験したことがあるのではないでしょうか。
このシャーデンフロイデは、妬みという感情があるとさらに強まり、倫理的である人の方がシャーデンフロイデを強く感じる可能性があるのだそうです。
本書でも紹介されている研究では、宗教的な家庭で育った子どもは、非宗教的な家庭の子どもに比べて、利他性が低いという結果が出ました。
利他性とは、相手のことを考えて行動することですが、宗教的な家庭で育った子どもには、その傾向があまり見られず、むしろ他人に批判的で不寛容でさえあったというのです。
倫理的=宗教的と決めつけられませんが、倫理という規範を強く意識して行動する人と、教義という大義名分を持っている人とは、共通性があるようです。
そして、そのような人ほど、他人の失敗にほくそ笑むことが多いらしいのです。
サスペンスドラマや映画で、良い人と思っていた人が犯人だった、みたいな感じです。
オキシトシンは、幸せホルモン、愛情ホルモンとも言われ、人間関係に良い影響を与える物質です。
リラックスした入浴やマッサージなど、適度に暖かい環境でリズミカルに触られることで分泌されることがわかっています。
セックスや分娩、授乳でもオキシトシンは分泌されるため、哺乳類の子孫繁栄のためには不可欠の物質なのです。
そして、妬み感情もオキシトシンが強めてしまう働きを持つことが、最近になってわかってきたというのです。
妬みは、自分よりも上位の何かを持っている人に対して、その差異を解消したいというネガティブな感情のこと。
シャーデンフロイデ(Schadenfreude)のSchadenとは、損害、毒という意味です。
相手が損害を受けたことで、自分との差がなくなることを喜ぶ気持ちがシャーデンフロイデなので、妬み感情がある人ほどシャーデンフロイデが強まるというのも、よくわかります。
そして、この妬みには、良性と悪性があります。
自分が成長する原動力となるような妬みのことを、良性の妬みといいます。
自分より高みにいる相手に近づくことで、差異を解消しようという妬みの感情です。
逆に、相手を引きずりおろして自分と同じか、自分以下の状態にしたいというのが悪性の妬みで、一般によく見られるのが、こちらの悪性の妬みです。
自分で階段を上って相手と同じ高さに立つか、相手を階段から落として自分の足元に落ちてくるようにするか、妬みには2種類の方向性があります。
おもしろいのは、あこがれ、という感情です。
これも妬みの一種で、妬みを感じた相手が、自分が思っていたよりもはるかに高い場所、つまり優れていた人物であったことに気づくと、憧れに転じるのです。
「〇〇さんは、わたしのあこがれです」
なんて言われて喜んでいると、足元をすくわれるかもしれません。
相手から手が届かないくらいに差が開いているうちは良いですが、相手が成長してきて、手が届くくらいの差異になってくると、あこがれは妬み感情に変わるということではないでしょうか。
これは、コワい。
米作地帯では、周囲の人々との関係性が濃密で、集団の意思を尊重する傾向が高く、麦作地帯では合理的な判断が下されるというのです。
中国の北のほうは麦作地帯、揚子江より南が米作地帯と大雑把に分けることができますが、たしかに北京の人はアメリカ人みたいな人が多いです。
日本は、江戸時代まで米が経済の基準でもあった典型的な米作の国なので、集団の意思を尊重する傾向がさらに高いということでしょう。
本書でも、米作に適さない土地の人(薩摩や長州)が明治維新の中心となったことと無関係ではないのではないか、指摘されています。
日本人をはじめとする東アジア人では、カテコール-O-メチルトランスフェラーゼという分解酵素の活性が高く、ドーパミンをたくさん分解します。
ドーパミンとは、喜びや快楽をつかさどるるホルモン。
学習や運動機能、性機能、向上心などに関係し、達成感による快楽を得ることで、さらなる意欲をもたらすという、別名、やる気ホルモンです。
ドーパミンをたくさん分解すると、脳内にはドーパミンが少なくなり、達成感を得るよりも、脳は思考停止できる材料を求めます。
つまり、自分でひとつひとつ意思決定するよりも、決まったルールや前例に従うほうが良いと考えるのです。
わたしたちの脳は、インターネットの普及以降、普段から情報過多でとても疲れていますから、自分で決めたくないという人が増えています。
たとえば、部屋を片付けられない人の場合も、捨てるモノと残しておくモノに分別する=捨てるかどうか決めることができないといわれており、その原因のひとつが脳の疲労だとされています。
ちなみに、ヨーロッパでは6割が、ドーパミンの分解酵素の活性が低く、つねに脳内にドーパミンがある状態なので、自分で意思決定したい人が多いということになります。
セロトニントランスポーターという、セロトニンを再取り込みするポンプのような機能がありますが、日本人の98%がセロトニントランスポーターの密度が低いため、セロトニンを活発に使いまわすことができないのです。
つまり、日本人は失敗を恐れ、不安を感じやすいということになります。
セロトニントランスポーターの密度を決める遺伝子には、密度が低くなるS型と、密度が高くなるL型があります。
これらはそれぞれSS型、SL型、LL型の3種類に分かれます。
メンデルの法則だと、SS型とLL型はそれぞれ25%、SL型は50%の割合で発生します。
ところが、日本人の7割がSS型!
SL型を含めると98%が、セロトニントランスポーターの密度が低く、楽観的になれないということになります。
セロトニンのリサイクルがほとんどできない人は、準備を怠らず、勤勉で協調性がありますが、一方で、損をしてでも復讐するような義憤にかられる人でもあります。
わたしには、かつてのドラマで描かれていた、典型的な下町のオジサン像が浮かびました。
このような協調性の高い人は、公共性やフェアな関係を重視するため、自分が属するコミュニティのために犠牲を払うことを厭わないため、合理的な判断を下すことがむずかしくなります。
日本は、世界の中でも突出してセロトニントランスポーターの密度が低いそうなので、こんな日本人の性格はちょっとやそっとのことでは、崩れそうもありません。
今でもアメリカ人が日本人のことを、ときに「カミカゼ」といったりするのは、第2次大戦中にみた、自国(コミュニティ)を守るためには命を落としても良いとする、日本人の協調性や社会性に対して、強力な違和感を持っているからではないでしょうか。
ミルグラムは、この実験をさまざまな状況で行いましたが、61~66%の範囲の人たちが体罰として致死の電気ショックを与えたことがわかっています。
看守役が暴走し、2週間の実験期間を6日で中止しています。
2008年に映画化されています。


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残酷な罰を与え続けることができないのは、反社会的な傾向がある人のほうなのです。
NHKの朝ドラでは、戦前から戦中、戦後が描かれることが多いですが、そのなかで登場する、わたしこそがルール、わたしが正しいという人々の脳内では、こんなことが起こっていたのか、と理解ができました。
正しい人は本当は怖い人だと、一歩引いて見る必要がありそうです。
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【中野 信子】「サイコパス」
【榎本 博明】「『おもてなし』という残酷社会」
【ルトガー・ブレグマン】「隷属なき道 AIとの競争に勝つベーシックインカムと一日三時間労働」第10章
中野さんは今回で2冊目、最初に読んだのは「サイコパス」でした。
彼女の著作には、愛や信頼といった、一般には良いとされる感情をとりあげ、「それは本当に良いことなのか?」という問題定義がいつもあります。
絶対的な善と考えられるテーマに対して疑問を提示し、それを脳科学的に解説してくれます。
今回のテーマは、社会性や人間性、そして正義です。
これらのテーマは、日本人が世界のなかでも異色といっても良いほどの特性をもっており、さらにはその特性は遺伝子によって生まれつき決められている、というものでした。
生きづらい、息ができないと感じている人には、ぜひ手に取ってほしい内容です。
シャーデンフロイデ 他人を引きずり下ろす快感 (幻冬舎新書) | ||||
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倫理的である人のほうがシャーデンフロイデを感じる
この本のタイトルにもなっているシャーデンフロイデ(Schadenfreude)とは、誰かが失敗したときに、思わず沸き起こってしまう喜びの感情のことです。わたしたちも、一度は経験したことがあるのではないでしょうか。
このシャーデンフロイデは、妬みという感情があるとさらに強まり、倫理的である人の方がシャーデンフロイデを強く感じる可能性があるのだそうです。
本書でも紹介されている研究では、宗教的な家庭で育った子どもは、非宗教的な家庭の子どもに比べて、利他性が低いという結果が出ました。
利他性とは、相手のことを考えて行動することですが、宗教的な家庭で育った子どもには、その傾向があまり見られず、むしろ他人に批判的で不寛容でさえあったというのです。
倫理的=宗教的と決めつけられませんが、倫理という規範を強く意識して行動する人と、教義という大義名分を持っている人とは、共通性があるようです。
そして、そのような人ほど、他人の失敗にほくそ笑むことが多いらしいのです。
サスペンスドラマや映画で、良い人と思っていた人が犯人だった、みたいな感じです。
幸せホルモン・オキシトシンが妬み感情を強める
シャーデンフロイデという感情は、オキシトシンと関係が深いことがわかっています。オキシトシンは、幸せホルモン、愛情ホルモンとも言われ、人間関係に良い影響を与える物質です。
リラックスした入浴やマッサージなど、適度に暖かい環境でリズミカルに触られることで分泌されることがわかっています。
セックスや分娩、授乳でもオキシトシンは分泌されるため、哺乳類の子孫繁栄のためには不可欠の物質なのです。
そして、妬み感情もオキシトシンが強めてしまう働きを持つことが、最近になってわかってきたというのです。
嫉妬と妬みの違い
嫉妬とは、自分が持っている何かを奪いにやってくるかもしれない可能性を持つ人を排除したいというネガティブな感情のこと。妬みは、自分よりも上位の何かを持っている人に対して、その差異を解消したいというネガティブな感情のこと。
シャーデンフロイデ(Schadenfreude)のSchadenとは、損害、毒という意味です。
相手が損害を受けたことで、自分との差がなくなることを喜ぶ気持ちがシャーデンフロイデなので、妬み感情がある人ほどシャーデンフロイデが強まるというのも、よくわかります。
そして、この妬みには、良性と悪性があります。
自分が成長する原動力となるような妬みのことを、良性の妬みといいます。
自分より高みにいる相手に近づくことで、差異を解消しようという妬みの感情です。
逆に、相手を引きずりおろして自分と同じか、自分以下の状態にしたいというのが悪性の妬みで、一般によく見られるのが、こちらの悪性の妬みです。
自分で階段を上って相手と同じ高さに立つか、相手を階段から落として自分の足元に落ちてくるようにするか、妬みには2種類の方向性があります。
おもしろいのは、あこがれ、という感情です。
これも妬みの一種で、妬みを感じた相手が、自分が思っていたよりもはるかに高い場所、つまり優れていた人物であったことに気づくと、憧れに転じるのです。
「〇〇さんは、わたしのあこがれです」
なんて言われて喜んでいると、足元をすくわれるかもしれません。
相手から手が届かないくらいに差が開いているうちは良いですが、相手が成長してきて、手が届くくらいの差異になってくると、あこがれは妬み感情に変わるということではないでしょうか。
これは、コワい。
日本人に特徴的な脳の傾向とは?
本書のなかで、いくつか日本人に特徴的な脳の傾向が紹介されています。米作は集団の意思を尊重し、麦作は合理的判断をする
2014年に「サイエンス」誌に掲載されたミシガン大学の研究では、中国の米作地帯と麦作地帯では、判断の基準が異なることがわかりました。米作地帯では、周囲の人々との関係性が濃密で、集団の意思を尊重する傾向が高く、麦作地帯では合理的な判断が下されるというのです。
中国の北のほうは麦作地帯、揚子江より南が米作地帯と大雑把に分けることができますが、たしかに北京の人はアメリカ人みたいな人が多いです。
日本は、江戸時代まで米が経済の基準でもあった典型的な米作の国なので、集団の意思を尊重する傾向がさらに高いということでしょう。
本書でも、米作に適さない土地の人(薩摩や長州)が明治維新の中心となったことと無関係ではないのではないか、指摘されています。
自分で決めることが楽しくない日本人
これは、ドーパミンの分解酵素の活性の違いによるものです。日本人をはじめとする東アジア人では、カテコール-O-メチルトランスフェラーゼという分解酵素の活性が高く、ドーパミンをたくさん分解します。
ドーパミンとは、喜びや快楽をつかさどるるホルモン。
学習や運動機能、性機能、向上心などに関係し、達成感による快楽を得ることで、さらなる意欲をもたらすという、別名、やる気ホルモンです。
ドーパミンをたくさん分解すると、脳内にはドーパミンが少なくなり、達成感を得るよりも、脳は思考停止できる材料を求めます。
つまり、自分でひとつひとつ意思決定するよりも、決まったルールや前例に従うほうが良いと考えるのです。
わたしたちの脳は、インターネットの普及以降、普段から情報過多でとても疲れていますから、自分で決めたくないという人が増えています。
たとえば、部屋を片付けられない人の場合も、捨てるモノと残しておくモノに分別する=捨てるかどうか決めることができないといわれており、その原因のひとつが脳の疲労だとされています。
ちなみに、ヨーロッパでは6割が、ドーパミンの分解酵素の活性が低く、つねに脳内にドーパミンがある状態なので、自分で意思決定したい人が多いということになります。
日本人の98%は楽観的な判断を下せない
これは、不安感を軽減し、幸福感を生み出すホルモンのセロトニンに関係しています。セロトニントランスポーターという、セロトニンを再取り込みするポンプのような機能がありますが、日本人の98%がセロトニントランスポーターの密度が低いため、セロトニンを活発に使いまわすことができないのです。
つまり、日本人は失敗を恐れ、不安を感じやすいということになります。
セロトニントランスポーターの密度を決める遺伝子には、密度が低くなるS型と、密度が高くなるL型があります。
これらはそれぞれSS型、SL型、LL型の3種類に分かれます。
メンデルの法則だと、SS型とLL型はそれぞれ25%、SL型は50%の割合で発生します。
ところが、日本人の7割がSS型!
SL型を含めると98%が、セロトニントランスポーターの密度が低く、楽観的になれないということになります。
セロトニンのリサイクルがほとんどできない人は、準備を怠らず、勤勉で協調性がありますが、一方で、損をしてでも復讐するような義憤にかられる人でもあります。
わたしには、かつてのドラマで描かれていた、典型的な下町のオジサン像が浮かびました。
このような協調性の高い人は、公共性やフェアな関係を重視するため、自分が属するコミュニティのために犠牲を払うことを厭わないため、合理的な判断を下すことがむずかしくなります。
日本は、世界の中でも突出してセロトニントランスポーターの密度が低いそうなので、こんな日本人の性格はちょっとやそっとのことでは、崩れそうもありません。
今でもアメリカ人が日本人のことを、ときに「カミカゼ」といったりするのは、第2次大戦中にみた、自国(コミュニティ)を守るためには命を落としても良いとする、日本人の協調性や社会性に対して、強力な違和感を持っているからではないでしょうか。
正しい人ほど残酷になれる
協調性が高く、倫理的な人、つまり一見して正しい人ほど、ルールを順守し、大義名分さえあれば、どこまでも残酷になれるという実験を、本書では紹介しています。ミルグラム実験
閉鎖的な状況における権威者の指示に従う人間の心理状況を実験したもので、アイヒマン実験・アイヒマンテストともいいます。ミルグラムは、この実験をさまざまな状況で行いましたが、61~66%の範囲の人たちが体罰として致死の電気ショックを与えたことがわかっています。
ジンバルドーのスタンフォード監獄実験
刑務所を舞台にして、普通の人が特殊な肩書きや地位を与えられると、その役割に合わせて行動してしまうことを証明しようとした実験。看守役が暴走し、2週間の実験期間を6日で中止しています。
サード・ウェーブ実験
単純なスローガンとルールを掲げて、教室の中に全体主義的な統制社会を生み出すことを実験したもの。2008年に映画化されています。
映画「The Wave ウェイヴ」を観るならhuluで
反社会的傾向のある人のほうが正しい判断をすることも
本書の中では、反社会的な傾向のある人のほうが、ルールや規範、倫理といったものから距離を置いているため、合理的な判断をする傾向が高いこともわかっていることが明らかになっています。残酷な罰を与え続けることができないのは、反社会的な傾向がある人のほうなのです。
NHKの朝ドラでは、戦前から戦中、戦後が描かれることが多いですが、そのなかで登場する、わたしこそがルール、わたしが正しいという人々の脳内では、こんなことが起こっていたのか、と理解ができました。
正しい人は本当は怖い人だと、一歩引いて見る必要がありそうです。
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