「サイバー戦争の犬たち」読了。
主人公・佐久間尚樹が、サイバー軍需企業同士の足の引っ張り合いに巻き込まれた物語として描かれていますが、わたしの第一印象は、江戸川乱歩的エログロ探偵小説でした。
サイバー戦争の犬たち (祥伝社文庫) | ||||
|
著者があとがきに書いている通り、ハードボイルドの騎手・大藪春彦が描き出すような主人公にしてみたら、ということから生まれた主人公ですが、彼のパートナーとして登場する綾野ひとみの世界観がとってもダークで、乱歩の「人間椅子」のような感じなのです。
もちろんハードボイルド小説では、主人公はうまいこと女をベッドにさそい込んだり、だましたりするわけですが、それこそが佐久間が得意とするソーシャル・エンジニアリングである、という設定です。
サイバー軍需企業の暗躍
本作では、サイバー軍需企業が、ある国の予算を獲得するために足を引っ張り合っている、という設定です。そのダミーとして、大して腕のないハッカー・佐久間が利用されます。
しかし、佐久間にはA級ハッカー・綾野がそばにいて、報復を仕掛ける軍需企業チームからの攻撃から身を隠すことに成功し、さらに綾野のアドバイスで徐々に攻撃相手を明らかにしていくのです。
ソーシャルネットワークをつかった標的型攻撃
佐久間が知らないうちに、SNSのアカウントは使用停止となり、なりすましアカウントが登場。佐久間にとって都合の悪い情報がネットに公開され、佐久間自身がやり玉にあげられる、という攻撃を受けます。
著者によると、レピュテーション(評判)・リスクをついた攻撃はまだないそうですが、近い将来登場するだろうとして、本作のなかで「プロクルステスの斧」という兵器として描かれています。
プロクルステスとはギリシア神話に登場するキャラクター。
鉄の寝台があって、通りがかった人々に「休ませてやろう」と声をかけ、隠れ家に連れて行き、寝台に寝かせて、もし相手の体が寝台からはみ出したら、その部分を切断し、逆に、寝台の長さに足りなかったら、サイズが合うまで、体を引き伸ばす拷問にかけたというお話です。
こわいですね。
プロクルステスのベッド(寝台)(Procrustean bed)は、「無理矢理、基準に一致させる」という意味だそうで、コンピューター・プログラミング用語にもプロクルステスは使われています。
国家間サイバー戦争が個人を標的とするとき
レピュテーション(評判)・リスクには、もちろん国家や企業・団体も含まれますが、それらを構成する個人があぶり出されて標的とされたとき、なすすべがないことが、本作では何度もしつこいくらいに描き出されます。本作の終盤では、サイバー軍需企業同士の報復攻撃が描かれています。
しかしそれは、企業同士がののしり合うのではなく、そこに所属する個人がハッキングされ、個人情報がさらされるという現実です。
つまり、国や企業の評判は、最終的に個人に帰する、ということかもしれません。
トランプ新大統領の評判が、為替や株式の動向に影響するようなものと似ているかもしれません、
サイバー兵器は核兵器
もうひとつ、読んでいて気になったのは、アメリカがサイバー兵器の世界では決して先頭を走っていない、ということ。一田さんは、すべての作品を査読してもらっているので、おそらく事実でしょう。
優位にあるのはロシア、中国、イスラエルなど。
いずれも貧しい国ではありませんが、アメリカのようにリアルな実戦力では劣る国々だと思われます。
彼らがサイバー兵器でアメリカの先を行っているのだとしたら、かつて化学兵器が貧者の核兵器とよばれたように、いずれサイバー兵器は「貧者の核兵器」となるのだと感じました。
ピカレスクだけどダーク
ピカレスクそのものはダークな側面を持っているものですが、最初に書いたように、江戸川乱歩的なエログロが共存するのが本作です。向精神薬オーバードース状態の綾野と佐久間のセックスシーンはめちゃグロいです。
こういう世界があることは理解できても、できれば読みたくない。
これまでの一田作品とは、味付けがかなり違う作品といえます。
著者の作品には、メンヘラ女子が登場する作品は少なくないのですが、それでもここまでは描いていなかったのではないでしょうか。
エンターテインメントとして情報量の多い、著者のサービス精神大盛りの作品だと思います。
<関連の投稿>
【一田 和樹】「公開法廷:一億人の陪審員」
【一田 和樹】「内通と破滅と僕の恋人 珈琲店ブラックスノウのサイバー事件簿」
【一田和樹 江添佳代子】「犯罪『事前』捜査」 知られざる米国警察当局の技術」
コメント
コメントを投稿