【カズオ・イシグロ】「わたしたちが孤児だったころ」




カズオ・イシグロの「わたしたちが孤児だったころ」読了。

主人公の探偵が、自らの生い立ちと、幼少時に起こった事件のために日中戦争時代の上海でのことを回想するというストーリー。
上海の租界に暮らしていたクリストファー・バンクスは十歳で孤児となった。 
貿易会社勤めの父と反アヘン運動に熱心だった美しい母が相次いで謎の失踪を遂げたのだ。 
ロンドンに帰され寄宿学校に学んだバンクスは、両親の行方を突き止めるために探偵を志す。 
やがて幾多の難事件を解決し社交界でも名声を得た彼は、戦火にまみれる上海へと舞い戻るが…現代イギリス最高の作家が渾身の力で描く記憶と過去をめぐる至高の冒険譚。
とあったので、冒険活劇のような物語かと思って手にとったのですが、実は内面の物語でした。

カズオ・イシグロらしい、丁寧なストーリーテリングによって、読者はちょっと不思議な体験をした少年のその後を間近に見るような気分になります。

わたしたちが孤児だったころ (ハヤカワepi文庫)
by カエレバ




違和感のある布石の数々

カズオ・イシグロは不思議な魅力のある文章を書く作家で、私はどうも、彼のつくる世界観に容易に取り込まれてしまうようです。

一方で、どこに布石があるんだろうか、と考えながら読んでもいます。
今回は、これに引っかかった感じです。

まず、主人公が探偵、という設定に違和感を感じました。

子どもの頃は、ヒーローごっこをして楽しんでいて、一人二役を演じるような夢想家の側面を持つ子供であったことにも、ひっかかりを感じました。

そして、両親の捜索のために18年ぶりに上海に戻ってからの様子は、明らかに変な印象です。

主人公が有名な探偵だからと言って、世界の火種となっているような事柄を解決できるでしょうか?

そして、最も違和感を感じたのが、上海からマカオに人妻と逃避行しようとする場面です。
主人公はいったい何してるんだろうか?と疑問を感じました。

しかも、それ以降の主人公の経験といったら、ご都合主義といわれても仕方がないほどなのです。

幼馴染が負傷した日本兵として現れたり、国民党の中国兵が協力してくれたり、無事に助けられてからの再会などなど。

ここで私は思いました。

そうか、正気ではない主人公の創造の産物を、いかにも普通の物語として表現して最後に種明かしするつもりなのだ、と。

そのために、夢想家の子供時代、というのが布石になっているのか!
なんて思ってしまいました。

ところが、最後の最後まで、主人公は探偵として人生を全うし、養子の娘と一緒に田舎に住もうか、などと書いているではありませんか。

つまり、文章の上では、私の期待(主人公は正気ではない説)は裏切られたのですが、今こうして、これを書きながら、やっぱり主人公は正気ではない、認知症になっているかもしれない、などと思ってしまうのでした。


著者のバックグラウンドが反映した作品

最後に、本書は、カズオ・イシグロという作家にしか書けない物語だと思います。

イギリスが中国に対して行ったアヘン貿易。
日本軍が中国で行った戦争。
そして中国の国民党と共産党の戦いなど。

日本で生まれ、幼少時にイギリスに移住し帰化した、彼のバックグラウンドが、このような物語を紡ぎだしたのではないかと感じました。


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