【夢枕 獏】「沙門空海唐の国にて鬼と宴す」巻ノ一~四

映画「空海-KU-KAI-美しき王妃の謎」を公開初日の24日に観てきまして、これは原作を読まねば!と、映画のあとに本屋で「沙門空海唐の国にて鬼と宴す」全4巻を購入しました。

沙門空海唐の国にて鬼と宴す

映画「空海-KU-KAI-美しき王妃の謎」は、中国を代表する映画監督チェン・カイコーが、長安のセットをつくるのに4年以上かけたというもの。

植えた木の成長を待って撮影したという、たしかにセットは見ものの映画です。

撮影セットでは、現在も続々と映画やドラマの撮影が行われ、一般見学者も90元で入場できるようです。





映画「空海-KU-KAI-美しき王妃の謎」

映画は、空海が遣唐使として長安に渡った804年から、日本に戻ることになるまでの数年間に起こった、謎の事件がテーマ。

幻術をつかった事件の陰には黒猫の姿があり、この事件を探ることになった空海と白楽天の物語です。

事件の発端は50年前にさかのぼり、玄宗や楊貴妃、阿倍仲麻呂、李曰などが登場するという、中国の歴史上でも、もっとも栄えた時代へいざないます。

セットがあまりにすばらしく、映像美に定評のあるチェン・カイコー監督ならではの出来栄えですが、ストーリー的には???

空海が主人公なら、もっと密教的なエピソードが含まれるだろうな、と期待して観にいったわたしは、肩透かしをくらったような印象です。

共産主義・中国では宗教はご法度だからなのかもしれませんが、原作の夢枕獏先生らしさがちっとも感じられませんでした。

でも、黒猫の最後はほんとうに人間っぽくて、前足で涙をぬぐうんですよ。

黒猫ファンになりそうでした。


原作「沙門空海唐の国にて鬼と宴す」

あまりにも映画の内容が、玄宗と楊貴妃のことばかりだったので、原作を読まねば!と全4巻を購入し、読了しました。

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あとがきを読んで初めて知りましたが、この作品が書きはじめられたのが1987年。

連載する雑誌が4誌になり、2004年に最終話が掲載されるまで、17年の長きにわたっての執筆です。

空海の人生が花開きはじめた遣唐使時代から、物語は始まります。

このとき、空海は31歳。

最澄と同じく遣唐使として長安にむかいますが、最澄が国費留学生であるのに対し、空海は私費留学生でした。

一説には、日本中を行脚していた時代に、水銀(丹紗)を見つけ出し、これを売ったお金を留学費用に充てたのではないか、といわれています。

空海の人生については、【今井 仁】「空海の秘密」にも詳しく描かれていますので、こちらもご一読いただくと、夢枕獏先生のファンなら、きっと楽しめると思います。



原作では橘逸勢がパートナー

遣唐使仲間の橘逸勢(たちばなのはやなり)が、空海の謎解きパートナー。

儒学を志す橘逸勢は、孔子の教えとして「怪力乱心を語らず」という立場にある人物として描かれていて、道教の導師がつかう幻術を空海とともに体験しても、それを語らない人物として設定されています。

空海が、密教という全宇宙を語り、宇宙からの視点で物事を見て、語るという立場なので、良い対比となっています。

橘逸勢(たちばなのはやなり)とは

平安時代初期の842年(承和9年)に起こった承和の変(じょうわのへん)で知られる人物で、空海・嵯峨天皇とともに三筆と称されました。

承和の変は、藤原良房がしかけた陰謀として知られ、この機会に多くのライバルを蹴落とし、良房は、承和の変をきっかけに権力を確立、人臣最初の摂政・太政大臣までのぼりつめます。

この事件で謀反人とされた橘逸勢は、のちに罪を解かれていますが、無実の罪を背負って死亡した事で逸勢は怨霊となったと考えられ、現在も上御霊神社と下御霊神社で「八所御霊」の一柱として祀られています。

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白楽天の「長恨歌」と密を求める空海が絡み合って・・・

映画のほうのメインテーマでもある白楽天の「長恨歌」。

高校生の頃に古文の授業で、ちらっと学んだ記憶があります。

楊貴妃と玄宗のことをうたったもので、この「長恨歌」がさまざまな楊貴妃伝説に影響を与えていると言われています。

夢枕獏先生の設定で、というか、歴史のいたずらなのかもしれませんが、同時代の長安に空海と白楽天(白居易)がいた!という事実は、作家として見逃せないことだったと思います。

当時、世界最大のメトロポリタンだった長安(人口は100万人)で、空海と白楽天のふたりが出会ってる可能性は無きにしも非ず・・・。

道教の導師がつかう幻術に、密教で対抗する空海に、ときにヒントを与え、ともに謎を解く友として、白楽天はところどころで存在感を示します。

中国映画なら、空海のパートナーとして白楽天を選ぶのも仕方がないところです。

そのためか、「沙門空海唐の国にて鬼と宴す」では、詩がたびたび登場します。

物語をはやく読み進めたくて、詩の部分は読み飛ばしたくなりますが、そこはぐっとこらえて、全文(読み下し文ですが)に目を通してください。

漢詩のおもしろさを、わたしは再認識しました。

あらためて漢詩の勉強がしたいな、と思ったくらいです。

白楽天(白居易)とは

800年、29歳で科挙の進士科に合格。

役人として働くかたわら、唐代を代表する詩人としても活躍します。

詩と文の総数は約3800首あり、唐代の詩人の中で最多、詩の内容も多彩で知られています。

紫式部や清少納言をはじめとする、平安時代の文学に多大な影響を与えています。

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長安(西安)と始皇帝陵

原作における、長安という古都ならでは設定として、始皇帝陵にかけられた呪があります。

始皇帝を死後も守るためにつくられた兵馬俑が、呪術の仕掛けとして登場します。

長安という場所ならではの設定で、これが北京だった絶対にムリ!なのです。

こういう仕掛けも、現地を地図で確認し、歩かないとわからないだろうなと感じました。


密教の構造が簡単に理解できます

沙門空海唐の国にて鬼と宴す」は、空海が密教の教えをすべて受け(灌頂)、日本に帰るまでの物語りです。

密教には、金剛界と胎蔵界が存在し、それらが宇宙を表していることを仏典を通して教えてくれるわけですが、「沙門空海唐の国にて鬼と宴す」では、折にふれ、わかりやすい言葉で、空海を通してそれらが説明されています。

いままで、何冊か専門家の書いた本を読んでいますが、難解でぜんぜん理解できていなかったことを、改めて認識しました。

楽しみながら、密教のことを表面的に理解したいなら、この物語がおすすめです。

沙門空海唐の国にて鬼と宴す 巻ノ四 (角川文庫)

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夢枕獏先生の描写の美しさ

本作のなかで描かれることは、現実のように見える幻術の世界。

そして、空海の五官を通じて感じられる映像、音、におい、感触など。

きっと描写がむずかしいはずなのですが、どれもが美しく、なかでも空海が聞く音楽(簫や月琴)の描写がとても映像的で、読んでいると、とても美しい空間が目に浮かんでくるようでした。

チェン・カイコー監督というよりも、張芸謀(チャン・イーモウ)監督の「ラバーズ(Lovers)」の映像を思い出しました。



今のところ、動画配信サイトでは「Lovers」は見られないようなので、TSUTAYA DISCAS などで借りるしかありません。


沙門空海唐の国にて鬼と宴す」はこんな人におすすめ

まず、あたりまえですが、空海に興味のある方。

ファンタジーノベルですが、空海とはこんな人物であったろうな、と感じさせてくれる作品です。

また、仏教や密教についても、表面的ではありますが、よく理解できますので、そちら方面に興味のある方にもおすすめです。

巻ノ四の巻末には、参考文献が書かれていたので、こちらも参考になります。

さらに、大唐帝国の歴史に興味のある方、唐時代の映画やドラマを観て、興味を持った人にもおすすめです。

なんといっても玄宗は、人気のドラマ「武則天-The Empress」の主人公、中国史上唯一の女帝・武則天(
則天武后)とは関係が深いのです。


沙門空海唐の国にて鬼と宴す

武韋の禍と呼ばれた、女性主導の政治の時代を終わらせたのが玄宗だからです。

中国ドラマ「武則天-The Empress」はとてもおもしろいので、U-NEXTでご覧になってみてください。




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