芥川賞作家の砂川文次さんの『小隊』読了。
元自衛官という経歴が、存分に描かれている3つの短編からなる文庫です。
今どきの小説には珍しいくらいに、ページが文字で埋まっていて、句読点も少ないのですが、読み始めると、不思議に引き込まれる作品です。
その1:小隊
文庫タイトルにもなっている作品。
北海道にロシアが侵攻してきたという設定で、そこに派遣された自衛隊小隊の隊長の物語。
はじまりは、緊張感がまったくなく、災害派遣の自衛隊かのようです。
しかし、ロシアとの戦争がはじまる中、小隊にもたらされる上からの連絡は決まりきったものばかり。
しかも外界とは閉ざされ、現状把握もままならない。
小隊は、最前線で教科書通りの戦争を行うなか、小隊を率いる主人公は、全身をおおう不快感(何日の風呂にはいれない)と白昼夢を行ったり来たりしながら、なぜか強い義務感で戦争を遂行しようとします。
ところが、前線基地ともいうべき場所が爆破され大破。
上からの命令で動くしかなかった隊長は、戦争を放棄するのですが、そこに大きな開放感があるのです。
その2:戦争のレビヤタン
元自衛官が除隊し、警備会社の「傭兵」としてイラクで働く、という物語。
世界中から集まる寄せ集めの傭兵の、ある種の日常を描いたものです。
石油会社のプラント警備に派遣されるのですが、4人一組のチームのメンバーとの関係、現地の人々との間にある緊張感のズレなどが、ロードムービーのように描かれます。
また、大きな組織(自衛隊)という秩序の権化と、対局にあるかのような傭兵という仕事との比較において、「大きいこと強いことは真実である」という一文は、この物語のすべてを語っていると感じられます。
そこにあるのは、普通であること=正しいこと、という価値観であるように思います。
そこから飛び出てしまうことに意味があるのか。
そんなことを感じる作品です。
その3:市街戦
著者のデビュー作。
『戦争のレビヤタン』の主人公Kが、自衛官になり、幹部候補生として行軍という修行を行っている最中の物語です。
行軍の過酷さゆえに、行軍中は白昼夢のように記憶が蘇っていくという設定です。
主人公Kの学生時代の就活。
そして、就活にまつわる家族との葛藤。
卒業式。
などのエピソードが、行軍とオーバーラップするように現れては消えていく、というもの。
小さな満足を積み重ねていくことが人生なのかな、と感じさせられます。
自衛官の日常的な不快感
これらの短編のなかで描かれている、自衛官が感じている日常的な不快感は、汗とかゆみかもしれません。
風呂に何日も入れない、しかも空気は湿っていて、不快感は増すばかり。
とくに『小隊』では、この不快感を一気にはらそうと、ラストは川に飛び込むわけです。
そして、その気持ちが痛いほどにわかる作品です。
また、「身体が覚えている」という心と乖離した状態には、自衛官のみならず、大企業の部品のように働く人々を描いているかのようです。
自衛官や傭兵の物語なのですが、日本という国を描いている作品だと思います。
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