一田 和樹さんの「女子高生ハッカー鈴木沙穂梨と0.02ミリの冒険」読了。
「天才ハッカー安部響子と五分間の相棒」の続編というか、この作品からはじまる非合法ハッカーグループ「ラスク」シリーズの第2作といっても良いのかもしれません。
つまり、大企業や政府を相手取って、正義を貫くためには犯罪にも手を染める人々を描いた物語。いわゆるピカレスクに分類される小説です。
女子高生ハッカー鈴木沙穂梨と0.02ミリの冒険 (集英社文庫) | ||||
|
ただし、登場するのは高校生。
ラスクのリーダー・安部響子は、社会不適合なひきこもりですし、一田作品では強面の警察官僚・吉沢も大活躍します。
発端はスマホゲーム
スマホのゲームを楽しむ方は多いと思います。わたしも多少はたしなんでいますが、そのゲームの提供元を意識することはほとんどないでしょう。
本作では、ラインドア社(LINEですね、きっと)が提供する「サイコ・エンジェルス」というゲーム人気を背景に、国をあげた陰謀(サイバーテロ)が日本で起こります。
きっかけは個人情報の漏えい事件。
何件もの大規模な事件が相次ぎ、それらの容疑者のひとりに、今回の主人公である鈴木沙穂梨の友人の父親の名があがります。
もちろん、これは濡れ衣。
数年前に、パソコンを遠隔操作されて事件の容疑者にされてしまった、という事件がありましたが、作中で描かれている警察の対応などは、まさに当時の感じです。
本作のなかでは、盗まれた個人情報をもとにしたリスト型アカウントハッキング攻撃へと拡大し、ECサイトや金融機関が攻撃され、その実行グループとしてRPHオペレーションが登場します。
対抗組織「闇の五本指」
RPHオペレーションに対抗する正義の味方が「闇の五本指」。名称どがファンタジーな感じです。
セキュリティ関係者や国家機関の者が集まり、非合法な方法でRPHオペレーションに対抗する作戦を実行しているというのです。
リクルートされて参加する沙穂梨たちは、次第に事件の大きさを知るようになります。
そして、かねてから情報を共有していた吉沢が、RPHオペレーションをたたきつぶすためにある組織を動かします。
その裏では、ラスクのメンバーが実は暗躍しているのですが・・・。
海外資本企業の信頼性を描いた物語
本作の表のテーマは、海外資本企業の信頼性でしょう。本作では、ラインドア社(たぶん、LINE)の株主は韓国企業で、そのさらに裏には北朝鮮がいて、日本を手始めに混乱に陥れることが目的でした。
企業経営をしていると、「反社会的勢力」とは無関係です、と宣言させられる場面によく出くわします。いわゆる反社条項というものが契約を結ぶと必ずと言っていいほど、出てくるのです。
この条項が登場してきた背景には、表向きは普通の企業だけれども資本関係でブラック方面との関係があり、暴力団などに資金が流れていることがあったためです。
今回のラインドア社もまた、北朝鮮のフロント企業として日本で確固たる地位を築き、そしてサイバー攻撃のための個人情報を提供していたのです。
日常が戦場のサイバー空間
パソコンのOSにはじまり、ICTツールのほとんどを海外製に依存している日本では、利用者情報を本国に送ってバージョンアップしているということが、日常的に繰り返されているのでしょう。そうでなければ著者が、この物語を描くはずはありません。
一田さんとはそういう人です。
一田さんの創造する物語のようなことが、いつ起こってもおかしくない環境で生活していることをまず認識し、つぎに防御することを、読者は促されているようです。
そのため、本書にはサイバー空間で実際に使用されているものが実名とともに登場します。
- ハッキングチーム社のガリレオ
- レイセオン社のライアット(RIOT)
どちらも監視用のソフトです。
本作のなかで安部響子はこのように語っています。
「まだわかっていなかったのですね。検知したのは闇の五本指のリクルート舞台です。彼らはまずかな痕跡から追ってきます。いえ、わたしも甘く見ていました。まさかライアットを使うなんて・・・・それにしても、あなたの本名まで探り当てるとは想像していた以上の能力です。」
「おそらくレイセオンからも人が派遣されているのでしょう。彼らにしてみれば、いい実験になりますし、参加している各国の諜報関係者に対するセールスアピールにもなる」
「原発サイバートラップ」でも再三言及していますが、サイバー空間での攻防は攻撃者絶対有利。
サイバーセキュリティ会社が日本などのセキュリティ後進国に売り込むためには、なにをやっていてもおかしくない、という状況なのです。
サイドストーリーとしての幼い恋物語
主人公の鈴木沙穂梨は高校1年生。同じクラスの男子と良い関係なのですが、相手が鈍感なのか、なかなか先に進みません。
同様に、ラスクのリーダー・安倍響子と高野肇も、行動をともにしているのに手を握るところまでがせいぜいで、こちらも一歩も先に進みません。
タイトルにある「0.02ミリの冒険」の意味がわかるのは、事件が収束に向かった頃のこと。
知ってる人は知っている、日本製が最上とされるものの厚さが0.02ミリなんです。
思春期まっただ中の沙穂梨たちはともかく、極端な人見知りで社会不適合者の安倍響子と高野肇の恋もまた、精神的なつながりは深まるものの肉体的には清純そのもの。
恋愛が苦手な人たちのための恋物語もまた描かれていて、むしろ、作者はこちらのほうが描きたかったのではないかと感じました。
というのも、本作とほぼ同時に刊行された「原発サイバートラップ: リアンクール・ランデブー」と本作に共通するのは、軍ネット複合体の強大さです。
ネットを通じて個人を特定し、個人情報を完全に削除していまえば「電網殺人」になり、盗んだ個人に成りすましてネット冤罪を生むことも可能です。
現在放映中の日本テレビのドラマ「そして、誰もいなくなった」がこんな感じですね。
藤原竜也演じる主人公が、個人情報を奪われ、しかも殺人罪などの冤罪で追われます。
どうも裏には、国もかかわっているような・・・。というドラマです。
そうなんです、こういうことが国家レベルで行われる可能性が少なくない、と本書は警告しているのです。
だから、サイバー攻撃を受けたらリアルなレベル(つまり軍備)でも対抗する、と宣言しているアメリカなど、欧米企業の持っているソフトウェアの恐ろしさを認識してもらうために2つの作品を、一田さんは書いたのではないでしょうか。
お堅いお話が好きな層には「原発サイバートラップ: リアンクール・ランデブー」を。
ライトノベルが好きな層には「女子高生ハッカー鈴木沙穂梨と0.02ミリの冒険」を。
サイバーセキュリティとハッカーに関する物語を読みたいかたにはもちろんですが、淡い恋物語も好きだ!という方にもおすすめです。
【一田 和樹】
東京生まれ。経営コンサルタント会社社長、IT企業の常務取締役などを歴任後、2006年に退任。09年1月より小説の執筆を始める。10年、長編サイバーセキュリティミステリ『檻の中の少女』で島田荘司選 第3回ばらのまち福山ミステリー文学新人賞を受賞し、デビュー。
サイバーミステリを中心に執筆。
著書に『キリストゲーム』、『サイバーテロ 漂流少女』、『オーブンレンジは振り向かない』、『絶望トレジャー』、『サイバーミステリ宣言!』(共著)などがある。
<関連の投稿>
【一田 和樹】「公開法廷:一億人の陪審員」
【一田 和樹】「内通と破滅と僕の恋人 珈琲店ブラックスノウのサイバー事件簿」
【一田和樹 江添佳代子】「犯罪『事前』捜査」 知られざる米国警察当局の技術」
原発サイバートラップ: リアンクール・ランデブー | ||||
|
コメント
コメントを投稿